2023/05/18 (木)

ベリは不調、私は少し上昇中。

5月に入ってベリンジャーのミニスランプが始まった。

長打が出ない。三振も増えた。カブスはよく負けている。

ベリが男を張れないとカブスは沈む。

これでベリちゃんが怪我でもしてILに入ったらカブス・ファンをやめるしかないな、と思っていた矢先、負傷した。アストロズ、タッカーのセンターへの大飛球を見事なリーピング・キャッチで捕球したときに、着地で左膝を痛めた。

結局、そのゲームは途中交代。翌日もベンチ。本日もベンチ。(症状は痛みが多少残っている程度でILには入らないとのことだが、なんせ、過去3年間の絶不調は怪我の後遺症が様々に絡み合っていたベリちゃんなのだ。軽いはずのこの怪我も、油断はできない。)


というか、今日の負け方は何?!スズキセイヤが2ホーマー3打点で頑張って8回表の時点で6対1で勝っていて、その裏アストロスに2点返され、9回裏には4点献上して逆転負け。吐き気がする。せめてもの救いはライヴで見ていなかったこと。

以前からその傾向はあったけどブルペンが投壊した!

戦犯はライター、トンプソン、ヒューズだが、投手の起用法にも問題あるのではなかろうか。ロス監督のジャッジメント能力にも不信感が芽生えてきた。

ベリちゃんは明後日のフィリーズ戦から復帰するだろうけど、カブスは完全に沈む船。ベリンジャー・ファンとしては7月末までにせっせとHRとRBIで男振り稼いで、優勝戦戦に残っているチームにトレードで出てもらいたい。この投手陣のカブスでは、ポストシーズン進出は夢のまた夢。

マイナーから怪物くんのクリストファ・モレルを呼び寄せたが主軸には居座れない。7試合で5ホーマー、それも全て400フィート超はすごいが、それに輪をかけて三振も量産している。内野守備はそつなくこなしたが、外野ではポカがある。

ベリンジャーに関して望むことは、今月残り2週間で打率を3割に戻し、HRを最低でも5本、RBIは15点以上あげてもらいたい。


というわけで、カブスのゲームに興奮することは無くなったが、映像は、「奇妙なこと」を見て以来、傑作秀作観賞が続いている。いずれも大傑作A➕には微妙に何かがかけているのだが、私には大いなる刺激となった。スコアAのヨーロッパ映画ラッシュなのだ。

その一番手はイタリア映画祭で見た「夜のロケーション」。

83歳マルコ・ヴェロッキオによる、1974年に起きたアルド・モーロ事件の多面的検証リミテッドシリーズ。本国でTV放映された正味6話5時間半のTVシリーズを30分の休憩を挟んで朝日ホールで一気に見た。

第4話の赤い旅団エピソード以外は全て面白かった。ことに、モーロ役のファブリツィオ・ジフーニ、その妻マルガリータ・ブイ、ローマ教皇のトニ・セルヴィッロが鬼気迫る名演。

私も一つ1974年 モノ企画を抱えているだけにとてつもない刺激を受けた。ロケ場所の1974年風味は圧巻。石造りのヨーロッパ映画の真骨頂に溢れている。羨ましい。そして、ヴェロッキオ御大のエネルギッシュな空間造型力に心打たれる。「奇妙なこと」と言い、イタリア映画芸術にはうっとりしてしまう。


次に見たのはベルギー人のカップル(フェリックス・ヴァン・フルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメールシュ)による「帰れない山」。

原作はイタリアのパオロ・コニェッティで翻訳本のタイトルが「帰れない山」だからそういう邦題になったのだろうが、原題の「8つの山」の方が私にはしっくり来る。

アルプスの切り取り方、風景の中でのルカ・マリネッリ(ピエトロ)とアレッサンドロ・ボルギ(ブルーノ)の名演が見事。ドローン・キャメラを効果的に使った登山シーンの美しさも強く印象に残る。


私が感じた問題点は少年期、青年期、中年期のバランスだ。

ピエトロと父親との青年期の訣別は感情の爆発のみで舌足らず。青年期のエピソードを大胆に省略して、父親との葛藤をすっ飛ばしている。

ブルーノと父の山回りは描写すべきだった。後で、母から電話で説明されるのは弱い。

長すぎる終盤を削って青年時代の「ことの起こり」を描写すべきだ。10年の飛ばしが監督二人の若さゆえの浅慮に思える。少年期は見事なのに。


「帰れない山」を新宿ピカデリーで見た日は、学生時代の映画ディ気分に浸った。私の若かりし日にも存在した「追分」でクリーム苺のかき氷を食べ、2時間半の「帰れない山」を見て、10代の頃からの馴染みの「キッチンあずま」でジュージュー焼きを食し、再びピカデリーに戻って2時間40分の「幻滅」を見た。こういう風に新宿で映画を見漁ったものだ。

その「幻滅」。グザヴィエ・ジャノリ監督がバルザックの原作に取り組んだ19世紀のパリを舞台にした人間悲喜劇。これまた時代の再現が素晴らしい。

バルザックが描いた若き驕りと連帯の風格は超一流。リュシエン、ルストー、ナタンの文壇社交界トリオの関係式が魅力的だ。

殊に、批評家ルストーを演ずるヴァンサン・ラコストと作家ナタンのグザヴィエ・ドランは演技も雰囲気も秀逸。

問題は、主役リュシエンのバンジャマン・ヴォワゾン。

これが、イケメン軽薄にいちゃんでしかない。

これだけのクォリティ高い作品がヴェネツィアで無冠に終わったのは、主役の問題ではないだろうか。

彼のキャラ設定も、純真さがパリで傲慢に変化ならばわかるが、バンジャマンは田舎にいる時から自信家の高慢ボーヤで単調だ。ただし、彼と絡む侯爵夫人のセシル・ド・フランスの戸惑いと虚ろな愛欲の眼差しは絶品。

私が最も感動したのはジェラール・ドパルデュー登場の出版社の競市風編集会議。この熱気とライブ感を切り取った映像と演技が見事。ジャノリはアンサンブル芝居の交通整理が天才的だ。劇場シーンでのエキストラの使い方も息を呑むほどうまい。

グザヴィエ・ジャノリは傑出した監督なのだが、カンヌやヴェネツィアのコンペでは賞と縁がない。DVDを購入して見た「偉大なるマルグリット」も空間と時間の再現は見事だが、主役キャラに乗れなくて途中で放棄したままになっている。

「幻滅」の唯一の失敗は、バンジャマンをリュシエンに起用したことだと私は思う。


2023/05/18 (木)

ベリは不調、私は少し上昇中。

5月に入ってベリンジャーのミニスランプが始まった。

長打が出ない。三振も増えた。カブスはよく負けている。

ベリが男を張れないとカブスは沈む。

これでベリちゃんが怪我でもしてILに入ったらカブス・ファンをやめるしかないな、と思っていた矢先、負傷した。アストロズ、タッカーのセンターへの大飛球を見事なリーピング・キャッチで捕球したときに、着地で左膝を痛めた。

結局、そのゲームは途中交代。翌日もベンチ。本日もベンチ。(症状は痛みが多少残っている程度でILには入らないとのことだが、なんせ、過去3年間の絶不調は怪我の後遺症が様々に絡み合っていたベリちゃんなのだ。軽いはずのこの怪我も、油断はできない。)


というか、今日の負け方は何?!スズキセイヤが2ホーマー3打点で頑張って8回表の時点で6対1で勝っていて、その裏アストロスに2点返され、9回裏には4点献上して逆転負け。吐き気がする。せめてもの救いはライヴで見ていなかったこと。

以前からその傾向はあったけどブルペンが投壊した!

戦犯はライター、トンプソン、ヒューズだが、投手の起用法にも問題あるのではなかろうか。ロス監督のジャッジメント能力にも不信感が芽生えてきた。

ベリちゃんは明後日のフィリーズ戦から復帰するだろうけど、カブスは完全に沈む船。ベリンジャー・ファンとしては7月末までにせっせとHRとRBIで男振り稼いで、優勝戦戦に残っているチームにトレードで出てもらいたい。この投手陣のカブスでは、ポストシーズン進出は夢のまた夢。

マイナーから怪物くんのクリストファ・モレルを呼び寄せたが主軸には居座れない。7試合で5ホーマー、それも全て400フィート超はすごいが、それに輪をかけて三振も量産している。内野守備はそつなくこなしたが、外野ではポカがある。

ベリンジャーに関して望むことは、今月残り2週間で打率を3割に戻し、HRを最低でも5本、RBIは15点以上あげてもらいたい。


というわけで、カブスのゲームに興奮することは無くなったが、映像は、「奇妙なこと」を見て以来、傑作秀作観賞が続いている。いずれも大傑作A➕には微妙に何かがかけているのだが、私には大いなる刺激となった。スコアAのヨーロッパ映画ラッシュなのだ。

その一番手はイタリア映画祭で見た「夜のロケーション」。

83歳マルコ・ヴェロッキオによる、1974年に起きたアルド・モーロ事件の多面的検証リミテッドシリーズ。本国でTV放映された正味6話5時間半のTVシリーズを30分の休憩を挟んで朝日ホールで一気に見た。

第4話の赤い旅団エピソード以外は全て面白かった。ことに、モーロ役のファブリツィオ・ジフーニ、その妻マルガリータ・ブイ、ローマ教皇のトニ・セルヴィッロが鬼気迫る名演。

私も一つ1974年 モノ企画を抱えているだけにとてつもない刺激を受けた。ロケ場所の1974年風味は圧巻。石造りのヨーロッパ映画の真骨頂に溢れている。羨ましい。そして、ヴェロッキオ御大のエネルギッシュな空間造型力に心打たれる。「奇妙なこと」と言い、イタリア映画芸術にはうっとりしてしまう。


次に見たのはベルギー人のカップル(フェリックス・ヴァン・フルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメールシュ)による「帰れない山」。

原作はイタリアのパオロ・コニェッティで翻訳本のタイトルが「帰れない山」だからそういう邦題になったのだろうが、原題の「8つの山」の方が私にはしっくり来る。

アルプスの切り取り方、風景の中でのルカ・マリネッリ(ピエトロ)とアレッサンドロ・ボルギ(ブルーノ)の名演が見事。ドローン・キャメラを効果的に使った登山シーンの美しさも強く印象に残る。


私が感じた問題点は少年期、青年期、中年期のバランスだ。

ピエトロと父親との青年期の訣別は感情の爆発のみで舌足らず。青年期のエピソードを大胆に省略して、父親との葛藤をすっ飛ばしている。

ブルーノと父の山回りは描写すべきだった。後で、母から電話で説明されるのは弱い。

長すぎる終盤を削って青年時代の「ことの起こり」を描写すべきだ。10年の飛ばしが監督二人の若さゆえの浅慮に思える。少年期は見事なのに。


「帰れない山」を新宿ピカデリーで見た日は、学生時代の映画ディ気分に浸った。私の若かりし日にも存在した「追分」でクリーム苺のかき氷を食べ、2時間半の「帰れない山」を見て、10代の頃からの馴染みの「キッチンあずま」でジュージュー焼きを食し、再びピカデリーに戻って2時間40分の「幻滅」を見た。こういう風に新宿で映画を見漁ったものだ。

その「幻滅」。グザヴィエ・ジャノリ監督がバルザックの原作に取り組んだ19世紀のパリを舞台にした人間悲喜劇。これまた時代の再現が素晴らしい。

バルザックが描いた若き驕りと連帯の風格は超一流。リュシエン、ルストー、ナタンの文壇社交界トリオの関係式が魅力的だ。

殊に、批評家ルストーを演ずるヴァンサン・ラコストと作家ナタンのグザヴィエ・ドランは演技も雰囲気も秀逸。

問題は、主役リュシエンのバンジャマン・ヴォワゾン。

これが、イケメン軽薄にいちゃんでしかない。

これだけのクォリティ高い作品がヴェネツィアで無冠に終わったのは、主役の問題ではないだろうか。

彼のキャラ設定も、純真さがパリで傲慢に変化ならばわかるが、バンジャマンは田舎にいる時から自信家の高慢ボーヤで単調だ。ただし、彼と絡む侯爵夫人のセシル・ド・フランスの戸惑いと虚ろな愛欲の眼差しは絶品。

私が最も感動したのはジェラール・ドパルデュー登場の出版社の競市風編集会議。この熱気とライブ感を切り取った映像と演技が見事。ジャノリはアンサンブル芝居の交通整理が天才的だ。劇場シーンでのエキストラの使い方も息を呑むほどうまい。

グザヴィエ・ジャノリは傑出した監督なのだが、カンヌやヴェネツィアのコンペでは賞と縁がない。DVDを購入して見た「偉大なるマルグリット」も空間と時間の再現は見事だが、主役キャラに乗れなくて途中で放棄したままになっている。

「幻滅」の唯一の失敗は、バンジャマンをリュシエンに起用したことだと私は思う。


2023/05/03 (水)

5月になればイタリアの風。


イタリア映画祭が戻って来た。その代表団の紹介を兼ねた特別試写会が5月1日にイタリア文化会館で開催された。作品はロベルト・アンドー監督の「奇妙なこと」。

ノーベル賞作家のルイージ・ピランデッロが1920年に作家仲間の誕生日を祝うためにシチリア島に帰って来る。そこで乳母の死を知り、その葬儀に立ち会うことになる。そんな史実から始まり、脚本も兼ねるアンドー監督は創作の羽根を大胆に広げて奇想天外の人間模様を紡ぎ、翌1921年の、革新的な戯曲「作者を探す6人の登場人物」初演の史実につなげている。

「奇妙なこと」は文学的におとなしい邦題で、悪くはないが、シチリアのアマチュア演劇の喜劇臭と、ピランデッロという芸術家の創作の「苦痛と恍惚」をエネルギッシュに噛み合わせた見事な「La Stranezza」には「奇想天外」という踊りたくなる邦題が相応しい。


ピランデッロを演ずるトニ・セルヴィッロはどんな役を演じても登場の瞬間からその役を格調高く表現する。「グレート・ビューティ追憶のローマ」の立ち枯れる一歩手前のセクシー・ジェップは勿論のこと、アンドー監督と組んだ「修道士は沈黙する」の修道士でも、尼僧の集団の後方から空港ビルを出て来た時の表情にそれがある。

ピランデッロを生きるセルヴィッロは、機関車の蒸気が流れ散る向こうに「登場人物」を見つめる眼差で役になりきる。そこからラストまで、彼の、不幸を抱えた偉大なる作家の風格は微塵も揺るがない。我々観客が、喜劇部分の主役であるサルヴォ・フィカッラとヴァレンティーノ・ピコーネの葬儀屋コンビに大笑いしても、ピランデッロの堂々の存在はいささかも乱れない。生きることについてまわる背中合わせの喜劇と悲劇のポエトリーがこの作品の根底にはある。

シチリアのアマチュア演劇団を構成する個性的な顔、ローマの一流の演劇陣を彩る知的に辛気臭い顔のアンサンブルがすごい。1920年を盤石に味合わせてくれるイタリア建築の数々も見所だ。殊に、ピランデッロが「作者を探す6人の登場人物」の初演を行ったという劇場での、事実の再現には息を呑む。その歴史的な混沌を葬儀屋コンビが目撃する展開は出色だ。


このイタリア映画久々の傑作を見た次の夜、イタリア大使館で、映画人代表団を囲む祝宴が開かれた。アンドー監督や娘でありアンドー作品の主要キャストの一人でもあるジュリアと話す機会もあった。敬愛するドキュメタリー作家のジャンフランコ・ロージ監督とも話せた。

トニ・セルヴィッロにもその名演への限りなき愛を伝えることができた。英語は得意ではないというのでどこまで伝わったか疑問だが、少なくとも、一緒に写真に収まることはできた。

大使館のイタめしの美味しさも相変わらずで、ショートパスタはロブスターを絡めたものと、生ウニを絡めたものが出て、アスパラガスのリゾット、ビーフステーキへと続いた。

ロベルト・アンドー監督からは、ヴェネツィアで再会できるといいね、と声をかけられ別れた。年齢的には私の方が彼より10歳上だが、人生経験の豊かさおいては彼の方が数年先輩かもしれない。


2023/05/03 (水)

5月になればイタリアの風。


イタリア映画祭が戻って来た。その代表団の紹介を兼ねた特別試写会が5月1日にイタリア文化会館で開催された。作品はロベルト・アンドー監督の「奇妙なこと」。

ノーベル賞作家のルイージ・ピランデッロが1920年に作家仲間の誕生日を祝うためにシチリア島に帰って来る。そこで乳母の死を知り、その葬儀に立ち会うことになる。そんな史実から始まり、脚本も兼ねるアンドー監督は創作の羽根を大胆に広げて奇想天外の人間模様を紡ぎ、翌1921年の、革新的な戯曲「作者を探す6人の登場人物」初演の史実につなげている。

「奇妙なこと」は文学的におとなしい邦題で、悪くはないが、シチリアのアマチュア演劇の喜劇臭と、ピランデッロという芸術家の創作の「苦痛と恍惚」をエネルギッシュに噛み合わせた見事な「La Stranezza」には「奇想天外」という踊りたくなる邦題が相応しい。


ピランデッロを演ずるトニ・セルヴィッロはどんな役を演じても登場の瞬間からその役を格調高く表現する。「グレート・ビューティ追憶のローマ」の立ち枯れる一歩手前のセクシー・ジェップは勿論のこと、アンドー監督と組んだ「修道士は沈黙する」の修道士でも、尼僧の集団の後方から空港ビルを出て来た時の表情にそれがある。

ピランデッロを生きるセルヴィッロは、機関車の蒸気が流れ散る向こうに「登場人物」を見つめる眼差で役になりきる。そこからラストまで、彼の、不幸を抱えた偉大なる作家の風格は微塵も揺るがない。我々観客が、喜劇部分の主役であるサルヴォ・フィカッラとヴァレンティーノ・ピコーネの葬儀屋コンビに大笑いしても、ピランデッロの堂々の存在はいささかも乱れない。生きることについてまわる背中合わせの喜劇と悲劇のポエトリーがこの作品の根底にはある。

シチリアのアマチュア演劇団を構成する個性的な顔、ローマの一流の演劇陣を彩る知的に辛気臭い顔のアンサンブルがすごい。1920年を盤石に味合わせてくれるイタリア建築の数々も見所だ。殊に、ピランデッロが「作者を探す6人の登場人物」の初演を行ったという劇場での、事実の再現には息を呑む。その歴史的な混沌を葬儀屋コンビが目撃する展開は出色だ。


このイタリア映画久々の傑作を見た次の夜、イタリア大使館で、映画人代表団を囲む祝宴が開かれた。アンドー監督や娘でありアンドー作品の主要キャストの一人でもあるジュリアと話す機会もあった。敬愛するドキュメタリー作家のジャンフランコ・ロージ監督とも話せた。

トニ・セルヴィッロにもその名演への限りなき愛を伝えることができた。英語は得意ではないというのでどこまで伝わったか疑問だが、少なくとも、一緒に写真に収まることはできた。

大使館のイタめしの美味しさも相変わらずで、ショートパスタはロブスターを絡めたものと、生ウニを絡めたものが出て、アスパラガスのリゾット、ビーフステーキへと続いた。

ロベルト・アンドー監督からは、ヴェネツィアで再会できるといいね、と声をかけられ別れた。年齢的には私の方が彼より10歳上だが、人生経験の豊かさおいては彼の方が数年先輩かもしれない。


 a-Nikki 1.02