2021/04/02 (金)

2021シーズン開幕!


ドジャースが開幕した。原田組も本日撮影初日の開幕だ。

で、明け方起きて、ドジャース対ロッキーズの開幕戦を見ていた。クリーンナップ(4番打者のこと)のベリンジャーの第二打席。一塁にヒットで出たターナーを置いて、ベリが左中間に2ラン・ホームランを打った。私は勿論、狂喜乱舞。

ところが。

ベリはアウト。記録はシングルヒットでターナーがホームインゆえ、1打点。

な、なんだああああ?

ベリが前の走者を追い越したゆえアウトなのだという。一瞬、ベリちゃん浮かれ狂って全力疾走してお年のターナーを追い越してしまったのかと思った。

真相は、ベリの大飛球をロッキーズのタピアが追いついて一端はグラブに納めたものの、フェンスに激突。その勢いでベースボールは観客席に飛び込みホームランとなった。ベリは、フェンス直撃の可能性もあるゆえ、全力疾走で一塁を廻ったところでホームランになったことに気付き、ホームラン・トロットに切り換えた。ターナーは、同じ理由で全力で二塁を廻り、ちらりと捕球の瞬間を見た。それで慌てた。

前後左右を見る余裕もなく、必死で一塁へ戻って行き、ベリと交叉して、ベリが前の走者を追い越す形になってしまった。無論、ベリは必死でススメ!のジェスチャーをしていたのだが・・・。



MLB全体では、ホームランを打って有頂天になった打者が前の走者を追い抜いてアウトになる事例は何回かあったらしいが、ドジャース史上では初。無論、ポカの戦犯はターナー。彼は守備でもエラーがひとつ。

ドジャースは先発のカーショーがまるでダメ。三番手のネルソンもワイルド・ピッチ二つで2点献上。内野のエラーが二つ。残塁はトン単位。これで勝てるわけがない。今シーズンはフルに162試合戦ってワールド・チャンピオンのリピートをめざす王者なのに・・・。みっともねー。

でも、ドジャースらしい劇場型ポカだからいいか。

まだ161試合あるし。


2021/04/01 (木)

映画の桃源郷を旅するノーマッドたち。


「ノマドランド」に魂のテンカウントを食らった。完璧にノックアウトされた。この作品がアカデミー賞の作品賞を取らなければこの世は闇だ。

とにかく。

次回作クランクインの前に、絶賛の嵐を浴びているこのフランシス・マクドーマンド×クローイ・ジャオの傑作を、この眼で確かめておきたかった。旧スカラ座現東宝シネマズ日比谷スクリーン12の大画面で観賞できたことも、映画の神様に感謝だ。



そこへ到達する前に、原正人プロデューサーの訃報に触れておこう。映画界で、本当にお世話になった先輩のひとりでもある。20代で初めて出会い、色々な面で引っ張っていただいた。作品でご一緒したのは「金融腐蝕列島・呪縛」と「突入せよ!あさま山荘事件」のみだが、遠く離れた感じはしなかった。作品が続かなかったのはお互いの映画作りの信条が相反するものだったからだ。

原さんは、監督が脚本を書くことをよしとしなかった。名宣伝マン出身のプロデューサーとして、監督の作家性を少しでも薄めようとしたのか、黒澤明監督との映画作りのトラウマなのかは知らない。ハリウッドの、70年代以前のプロデューサーのように、脚本はプロデューサーのガイドのもとに脚本家が書き、しかるのちに監督に渡すプロセスを原さんは大事にしていた。



そのような形で私は「呪縛」の脚本を提示された。正確にいうなら、A案B案という二つの脚本だった。そのどちらにも私は乗れなかった。そのどちらの脚本家とも作業をしたいとは思わなかった。最終的には、クレジットはなくてもいいから自分にC案脚本を書かせてくれと懇願し、その脚本にOKが出た。脚本クレジットはA案脚本家とB案脚本家、それにC案脚本のいくつかの場面に手を入れた原作者の3人がクレジットされている。

そういう経緯があったから、「突入せよ」のときは原さんが一歩引いて、脚本・監督原田眞人を許し、それ以降、ともに仕事をすることはなかった。「あんたは自分で脚本書きたがるからね、一緒にゃ出来ないね」と冗談風に言われたこともある。とはいえ、原さんは、いつもどこかで支援してくれたように思う。口ではあっさり、「応援してるよ」というだけであっても、私の作品の道筋をつけてくれたこともあったのだと確信している。

一本発表するたびに、ちょっと暖かくて適度にシニカルな笑みを感じさせる声音で「原です」と電話をかけて来て、「進化」を少し褒めてくれた。「関ヶ原」のときは、本気で感動してくれた様子だった。

今、「ノマドランド」の名場面、名台詞を思い出しながら、原さんとの半世紀近い交流が甦って来る。旅を続けていれば、どこかで再会する映画人生の先輩として。



「ノマドランド」は、魂に響く言葉に満ちたアメリカン・ロードムーヴィ。ジョン・スタインベックの「チャーリーとの旅」を彷彿とさせ(拾った犬に連れて行けないの、ごめんね、と謝るところも含め)、「怒りの葡萄」を現代に甦らせた部分もある。70年代ソウルサーチを通り過ぎたものには、「ファイヴ・イージー・ピーセズ」が目指していたもののボブ・レイフェルソンの凡才では到達できなかった映画の桃源郷とも言える。

フランシス・マクドーマンドがキャリア最高の演技を見せてくれる。アカデミー賞は、主演女優としてではなく、作品賞と、彼女が発見しすべてを託したクローイ・ジャオの監督賞で、フランシスの功績を称えるべきだと思う。

リアルノーマッドのアマチュア役者たちもまた圧倒的な存在感を発揮している。殊に、リンダ・メイ、スワンキーが素晴らしい。原作となったノンフィクションは彼女たちが中心にいたと聞く。

マクドーマンドの姉ドリーを演ずるメリッサ・スミスも名女優の風格がある。演技のキャリアはないようだからおそらくマクドーマンドの友人もしくは親類なのか。

デーヴィッド・ストラザーンも、プロの演技者として、アマチュアのアンサンブルに自然に溶け込んでいる。息子役で実の息子を使ったキャスティングも成功している。

音楽も劇版はピアノが控えめ&的確なトーンを奏で、カントリー・ウエスタンやその系列の「さすらう歌声」と共存している。

クローイは「ザ・ライダー」の類稀な才能を買われての抜擢となった。彼女はアジアが生んだ最高のアメリカ映画の監督になるかもしれない。マジックアワーの使い方、ふたつの家との夜明けの訣別などなど、さりげなく名匠のシグネチャーを残している。評価は無論A+。



「アウトポスト」は単なる戦闘映画の枠を超え、役者たちのポテンシャルを十二分に記録していた。「フルメタル・ジャケット」、「ブラックホーク・ダウン」に匹敵するレヴェルで、アンサンブル・キャストの魅惑を満喫できる。

スコット・イーストウッド、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、テイラー・ジョン・スミス、ジャック・ケシー、オーランド・ブルームなど出演者が皆素晴らしい。殊にスコットとケイレブ。こういう集団戦闘ものできっちり主役として際だつ。演技だけでなく脚本も演出のロッド・ルーリーも見事だ。戦闘シーンの迫真性と弾薬補給の重要性が出色。ところどころ詩的なアプローチもあり。スコットは声が、全盛期の父クリントにそっくりになって来た。彼主演でウェスタンを撮りたいとも思う。評価はA。

「ビバリウム」は演出が凡庸なカフケスク・スリラー。こういう話ならロイ・アンデッションの北欧タッチのヴィジュアルで攻めなければ。評価はC+。


2021/03/15 (月)

映画館で映画を見よう!


とバナーを掲げ、オスカー候補がらみの映像シャワーなどイロイロ綴ってみよう。先ずは、プレ・プロダクションの華。つまり、原田組でのオール・キャストの本読みだ。しかし、コロナ禍の中ではキャスト全員を集めるわけには行かず、悩んだ挙げ句、感染対策を施した東映東京撮影所の広いセットに一部キャストを召集し、「儀式」を済ませた。



DVDセットを買っただけで見ていない英国産のクォリティの高いシリーズはいくつかある。筆頭は、バーミンガムのギャング・ファミリーを描いた「ピーキー・ブラインダース」。ずっと昔に気になって、第一シーズンのDVDセットを買った。第一話のクォリティは高かったが、キリアン・マーフィの魅力だけでは見続けるコトができなかった。

今はNETFLIXで全シーズンを見ることができる。それで、過日、気まぐれにシーズン3のエピソード5を見た。トム・ハーディ演ずるジューイッシュ・ギャングのアルフィー・ソロモンズがセミ・レギュラーとなり、年間何エピソードか出演していることを知ったのだ。

やはり、ハーディはいい。「カポネ」はメイクが不快で見る気はしないが、アルフィーにはとことん付き合いたくなるノリの良さがある。ハーディが心底愉しんでやっているのが伝わって来る。

それに加えて、オランダの人気女優GAITE JANSENの美貌と演技力と脱ぎっぷりのよさにぶったまげた。ゲイテ・ジャンセンと本国および英国で発音するらしい。まだ29才。主演クラスの出番がないのが不思議だ。私が近年発掘した美人女優の中でもトップ3に入る。




という美意識で「燃ゆる女の肖像」をシネマロサ池袋で見た。入口がわからず苦労した。欧米の批評家は満点大絶賛のオンパレードの作品だが、映画を作る側から見ると、あきらかに女優の選択で失敗している。だから、カンヌでも(映画の作り手たる審査員の評価は)脚本賞どまりであった。

脚本・監督のセリーヌ・シアマは映画監督の矜持と自制心をもてば、素晴らしい映画を作ると思う。この作品の問題点は、シアマが、別れたパートナー、アデル・エネルを主演に起用したことだ。彼女への未練たれながしの虚ろな情熱に堕している。

先ず、アデルが「お嬢様」には見えない。私には月島もんじゃ店のオネエちゃんでしかなかった。ラスト3分の「アデルを凝視する」カメラは映画の風格を汚している。監督の情念のわめきでしかない。それでも、随所に光る演出あるし、もうひとりの主役、画家のノエミ・メルラン、及び侍女ソフィーのルアナ・バイラミの18世紀顔が素晴らしいので、評価:A-。



「ある人質」は角川シネマで見た。主役のエズベン・スメッドを始め、役者がいい。演出は2人。ひとりは「ミレニアム/ドラゴン・タトゥーの女」を作ったニールス・アルデン・オプロブ。リズベットのシリーズはノオミ・ラパスがこの役を演じたオプロブ作品のみが傑出しており、デーヴィッド・フィンチャー版も、色あせて見えた。

オプロブ演出はここでも健在でハンドヘルド多用のIS関連の描写は迫真性あり。ただし、デンマークでのエピソードは明確にトーンが異なる。演技はよくても映像にリキがない。共同監督のアンダース・バーセルセンは監督としては普通だが役者としてはなかなかいい。



さて、ここからはアカデミー賞候補となった2本。「サウンド・オヴ・メタル」と「ミナリ」。どちらも先ほど6部門でノミネーションを受けた。

フム。

作品賞ノミネートは8本で最多が10部門の「マンク」。「ノマドランド」ら6作品が6部門候補で並び、「PROMISSING YOUNG WOMAN」が5部門で続いている。「マ・レイニーのブラックボトム」と「あの夜マイアミで」はそれぞれ4部門候補でともに作品賞からは外れている。

こう見ると、「マンク」が圧倒的優勢のようだが、要のオリジナル脚本賞で外している。本チャンでの受賞はひとつか二つで終わるのではないか。

流れから見て、キングスリー・ベン・アディアの主演男優落ちは覚悟していたが、アーロン・ソーキンの監督賞落ちと、ヘレナ・ゼンゲルの助演女優落ちはは腹立たしい。



さて「サウンド・オヴ・メタル」。作品賞、オリジナル脚本賞、編集賞、録音賞、主演男優賞(リズ・アーメッド)、助演男優賞(ポール・ラシ)でノミネーションを受けた。2人の演技は秀逸だが、私の作品評価はかなり低い。

聴力を失った主人公のオーディールが文学的のようで突っ込みも浅い。デレク・シアンフランスと組んでいた脚本家ダリウス・マーダーの監督デビューだが、演出が凡庸。脚本も虚弱。オスカー候補などとんでもない。

編集賞は笑止。録音賞は聞こえる、聞こえない、ちょっとだけ聞こえるの分け方がわかりやすいだけで「技」には到達していない。アーメッドは役に信憑性がない。ラシは「考古学的発掘」の範疇だが、評価:C



「ミナリ」は、大方の予測通り、作品賞、監督賞、オリジナル脚本賞、作曲賞、主演男優賞(スティーヴ・ユアン)、助演女優賞(ユン・ヨジョン)でノミネートを受けた。私の見る限り、ユン・ヨジョンの受賞は確実だ。

意識と無意識、偶然と必然、陰と陽に分けられるおばあちゃんの二つの「お手柄」を並べた終盤が見事。一歩間違えば、韓国風にあざとくなりそうなユン・ヨジョンの芝居をうまく抑制できたのはコリアン・アメリカンのリー・アイザック・チョンなればこそ。

アルフォンゾ・キュアロンの「ROMA」ほどではないが、チョンの記憶再生装置は芸術に昇華されている。家族の体温、心あたたまり度では、「ROMA」をしのぐ大衆娯楽性がある。評価はA。



「ミナリ」と全く同じ四人の家族構成で、ほぼ同じ頃カリフォルニアに「移住した」身としては思うところ多々あり。

妻の母である「おばあちゃん」が訪ねて来た歴史も共有している。

ひとつだけ不満があるとすれば、このおばあちゃんの登場シーンだ。

私の義母もそうだったが、英語に不自由なこの世代の老人がひとりでアジアからアメリカに訪ねて来るのは考えられない。私の場合は妻の弟が付き添って来た。映画ではそれらの要素が割愛され、天から突如降臨したようにユン・ヨジョンが現れる。「愛の不時着」だ。ここだけリアリティが犠牲になっている。

空港に迎えたのも、義母とはそれほど親密ではない父スティーヴン・ユアンひとりという設定だ。迎える絵も葛藤もなくポンと出て来る玉手箱ではイージー過ぎる。オフで着いたという声が聞こえ、次の瞬間にはおばあちゃんはトレーラーハウスにあがりこんでいるのだから寓話的だ。

到着の絵を描き、トレーラーハウスに大事な娘や孫たちを住まわせている娘の夫への、当然あったであろうユン・ヨジョンの葛藤も描き、初めてトレーラーハウスを見たときの妻と同工異曲のショックを描くことで生まれる前半部の重要な見せ場をなぜスルーしてしまったのか。母と娘の似て非なるキャラクターの深度を提示する絶好の機会がそこにあったというのに。



私のポジションは、この作品で言えば、ステイーヴン・ユアンの父親だ。その息子デーヴィッドがリー・アイザック・チョンの幼少期で、こちらは、我が息子遊人の領域だ。映画を見ながら、遊人や姉の麻穂をめぐる数多のエピソードがまざまざと甦った。

脇ではウィル・パットンのキャラが光る。この異端を描く事でアジアの異端はほのぼの真っ当に見える。原田家にも、秀逸ユニークな白人キャラが何人か出入りしていた。記憶がまだ確かなうちに、我が家族の歴史映画を作らなければ。


2021/03/15 (月)

映画館で映画を見よう!


とバナーを掲げ、オスカー候補がらみの映像シャワーなどイロイロ綴ってみよう。先ずは、プレ・プロダクションの華。つまり、原田組でのオール・キャストの本読みだ。しかし、コロナ禍の中ではキャスト全員を集めるわけには行かず、悩んだ挙げ句、感染対策を施した東映東京撮影所の広いセットに一部キャストを召集し、「儀式」を済ませた。



DVDセットを買っただけで見ていない英国産のクォリティの高いシリーズはいくつかある。筆頭は、バーミンガムのギャング・ファミリーを描いた「ピーキー・ブラインダース」。ずっと昔に気になって、第一シーズンのDVDセットを買った。第一話のクォリティは高かったが、キリアン・マーフィの魅力だけでは見続けるコトができなかった。

今はNETFLIXで全シーズンを見ることができる。それで、過日、気まぐれにシーズン3のエピソード5を見た。トム・ハーディ演ずるジューイッシュ・ギャングのアルフィー・ソロモンズがセミ・レギュラーとなり、年間何エピソードか出演していることを知ったのだ。

やはり、ハーディはいい。「カポネ」はメイクが不快で見る気はしないが、アルフィーにはとことん付き合いたくなるノリの良さがある。ハーディが心底愉しんでやっているのが伝わって来る。

それに加えて、オランダの人気女優GAITE JANSENの美貌と演技力と脱ぎっぷりのよさにぶったまげた。ゲイテ・ジャンセンと本国および英国で発音するらしい。まだ29才。主演クラスの出番がないのが不思議だ。私が近年発掘した美人女優の中でもトップ3に入る。




という美意識で「燃ゆる女の肖像」をシネマロサ池袋で見た。入口がわからず苦労した。欧米の批評家は満点大絶賛のオンパレードの作品だが、映画を作る側から見ると、あきらかに女優の選択で失敗している。だから、カンヌでも(映画の作り手たる審査員の評価は)脚本賞どまりであった。

脚本・監督のセリーヌ・シアマは映画監督の矜持と自制心をもてば、素晴らしい映画を作ると思う。この作品の問題点は、シアマが、別れたパートナー、アデル・エネルを主演に起用したことだ。彼女への未練たれながしの虚ろな情熱に堕している。

先ず、アデルが「お嬢様」には見えない。私には月島もんじゃ店のオネエちゃんでしかなかった。ラスト3分の「アデルを凝視する」カメラは映画の風格を汚している。監督の情念のわめきでしかない。それでも、随所に光る演出あるし、もうひとりの主役、画家のノエミ・メルラン、及び侍女ソフィーのルアナ・バイラミの18世紀顔が素晴らしいので、評価:A-。



「ある人質」は角川シネマで見た。主役のエズベン・スメッドを始め、役者がいい。演出は2人。ひとりは「ミレニアム/ドラゴン・タトゥーの女」を作ったニールス・アルデン・オプロブ。リズベットのシリーズはノオミ・ラパスがこの役を演じたオプロブ作品のみが傑出しており、デーヴィッド・フィンチャー版も、色あせて見えた。

オプロブ演出はここでも健在でハンドヘルド多用のIS関連の描写は迫真性あり。ただし、デンマークでのエピソードは明確にトーンが異なる。演技はよくても映像にリキがない。共同監督のアンダース・バーセルセンは監督としては普通だが役者としてはなかなかいい。



さて、ここからはアカデミー賞候補となった2本。「サウンド・オヴ・メタル」と「ミナリ」。どちらも先ほど6部門でノミネーションを受けた。

フム。

作品賞ノミネートは8本で最多が10部門の「マンク」。「ノマドランド」ら6作品が6部門候補で並び、「PROMISSING YOUNG WOMAN」が5部門で続いている。「マ・レイニーのブラックボトム」と「あの夜マイアミで」はそれぞれ4部門候補でともに作品賞からは外れている。

こう見ると、「マンク」が圧倒的優勢のようだが、要のオリジナル脚本賞で外している。本チャンでの受賞はひとつか二つで終わるのではないか。

流れから見て、キングスリー・ベン・アディアの主演男優落ちは覚悟していたが、アーロン・ソーキンの監督賞落ちと、ヘレナ・ゼンゲルの助演女優落ちはは腹立たしい。



さて「サウンド・オヴ・メタル」。作品賞、オリジナル脚本賞、編集賞、録音賞、主演男優賞(リズ・アーメッド)、助演男優賞(ポール・ラシ)でノミネーションを受けた。2人の演技は秀逸だが、私の作品評価はかなり低い。

聴力を失った主人公のオーディールが文学的のようで突っ込みも浅い。デレク・シアンフランスと組んでいた脚本家ダリウス・マーダーの監督デビューだが、演出が凡庸。脚本も虚弱。オスカー候補などとんでもない。

編集賞は笑止。録音賞は聞こえる、聞こえない、ちょっとだけ聞こえるの分け方がわかりやすいだけで「技」には到達していない。アーメッドは役に信憑性がない。ラシは「考古学的発掘」の範疇だが、評価:C



「ミナリ」は、大方の予測通り、作品賞、監督賞、オリジナル脚本賞、作曲賞、主演男優賞(スティーヴ・ユアン)、助演女優賞(ユン・ヨジョン)でノミネートを受けた。私の見る限り、ユン・ヨジョンの受賞は確実だ。

意識と無意識、偶然と必然、陰と陽に分けられるおばあちゃんの二つの「お手柄」を並べた終盤が見事。一歩間違えば、韓国風にあざとくなりそうなユン・ヨジョンの芝居をうまく抑制できたのはコリアン・アメリカンのリー・アイザック・チョンなればこそ。

アルフォンゾ・キュアロンの「ROMA」ほどではないが、チョンの記憶再生装置は芸術に昇華されている。家族の体温、心あたたまり度では、「ROMA」をしのぐ大衆娯楽性がある。評価はA。



「ミナリ」と全く同じ四人の家族構成で、ほぼ同じ頃カリフォルニアに「移住した」身としては思うところ多々あり。

妻の母である「おばあちゃん」が訪ねて来た歴史も共有している。

ひとつだけ不満があるとすれば、このおばあちゃんの登場シーンだ。

私の義母もそうだったが、英語に不自由なこの世代の老人がひとりでアジアからアメリカに訪ねて来るのは考えられない。私の場合は妻の弟が付き添って来た。映画ではそれらの要素が割愛され、天から突如降臨したようにユン・ヨジョンが現れる。「愛の不時着」だ。ここだけリアリティが犠牲になっている。

空港に迎えたのも、義母とはそれほど親密ではない父スティーヴン・ユアンひとりという設定だ。迎える絵も葛藤もなくポンと出て来る玉手箱ではイージー過ぎる。オフで着いたという声が聞こえ、次の瞬間にはおばあちゃんはトレーラーハウスにあがりこんでいるのだから寓話的だ。

到着の絵を描き、トレーラーハウスに大事な娘や孫たちを住まわせている娘の夫への、当然あったであろうユン・ヨジョンの葛藤も描き、初めてトレーラーハウスを見たときの妻と同工異曲のショックを描くことで生まれる前半部の重要な見せ場をなぜスルーしてしまったのか。母と娘の似て非なるキャラクターの深度を提示する絶好の機会がそこにあったというのに。



私のポジションは、この作品で言えば、ステイーヴン・ユアンの父親だ。その息子デーヴィッドがリー・アイザック・チョンの幼少期で、こちらは、我が息子遊人の領域だ。映画を見ながら、遊人や姉の麻穂をめぐる数多のエピソードがまざまざと甦った。

脇ではウィル・パットンのキャラが光る。この異端を描く事でアジアの異端はほのぼの真っ当に見える。原田家にも、秀逸ユニークな白人キャラが何人か出入りしていた。記憶がまだ確かなうちに、我が家族の歴史映画を作らなければ。


 a-Nikki 1.02