2024/05/03 (金)

「僕はキャプテン」は大傑作だ!


イタリア映画祭2024で上映されているマッテオ・ガローネの「Io Capitano(僕はキャプテン)」が素晴らしい。去年のヴェネチア映画祭で金獅子は「哀れなるもの」に譲ったが、銀獅子の監督賞とマストロ・マストロヤンニ新人賞(セイドゥ・サール)を受賞したパワフルな大傑作だ。

少年が大人になっていく通過儀礼を扱った作品の最高峰の一本と言っていい。
オーディションで選ばれたセイドゥ少年が実に魅力的だ。ガローネ作品では初めて、心から共感できるキャラクターが主役の座で輝いている。

「ゴモラ」にしろ「リアリティー」にしろ「ドッグマン」にしろ、今ひとつ乗り切れなかったガローネ作品だが、その大きな理由は、主役キャラへの嫌悪感が大きい。この作品では、素直にノックアウトされた。

主役、脇役、端役、エキストラにいたる完璧なるキャストをオーケストレイトしたマエストロ・ガローネの圧倒的演出技量が神の領域だ。

物語の迫真性、豊かなるロケ地のヴァリエーションと映像センス、心を打つリズム、リリカルな音楽。すべてがすごい。


マイケル・ウィンターボトムの最高作「イン・ディス・ワールド」(2002)はパキスタンの難民キャンプからロンドンに向かう少年の話だった。あのセミ・ドキュメンタリー・スタイルを踏襲しながら、ガローネは、演技力が確かでカラフルな脇役を少年たちの旅路のすべてのプロセスに配置して作品世界を構築している。

16歳のセイドゥはセネガルからニジェール、サハラ砂漠を経て、トリポリに到着し、そこから地中海を渡ってイタリアを目指す。最初の旅の仲間はいとこのムサだ。悲惨な別れも数多くある。ブルキナファッソの名優イサカ・サワゴドの父なる助けもある。

セイドゥの試練は、私には1986年のアフリカの旅を思い返すセンチメンタル・ジャーニーでもあった。

パリから出発してアルジェ、ニジェール、マリなどを経てセネガルに到達したパリ・ダカールの思い出だ。セイドゥは、そのコースを半分ほど逆に進む。私が彷徨ったアガデスの街路を、彼も歩いた。

これだけの大傑作だからやがて日本での公開も決まるとは思う。とはいえ、映画ファンは、5月6日の朝日ホールでの上映、もしくは5月18日の大阪での上映に駆けつけるべし。


ボケたのか眠かったのか。マストロを繰り返している。マルチェロと書くつもりで。
Oh MY BAAAAAD!


2024/04/11 (木)

ドルビー・シネマでのトーク。


4月6日に丸の内ピカデリー・ドルビー・シネマで「オッペンハイマー」を語った。司会が武田真一さん。ありえない話だが、子供の頃からずっと見続けていたような気がするほど強いNHK男性アナのイメージが武田さんだった。おそらくは、かつてNHKが持っていた「堂々たる安定感のある男性アナ」の最後の継承者を、私は武田さんに見ていたのだと思う。彼がNHKのニュース番組を去ってからの男性キャスターにはそういった伝統芸の味わいが一切ない。今年4月の改変など最悪だ。納得できるのは7時の才女副島アナのみ。

登壇したのは武田さんと私以外に森達也監督がいて、その深い考察力とポイントの絞り込みのうまさは勉強になった。私の場合は、伝えたいことがいっぱいありすぎて、あちこちに話が飛んだかもしれない。武田さんが巧みに仕切ってくれたから老害トークには堕していなかったとは思う。

舌足らずの部分を補足、というよりも、あれこれ考えた長い長いオリジナル・ヴァージョンを以下に残しておきたい。


クリストファ・ノーラン監督の「オッペンハイマー」は、1941年に作られたオーソン・ウェルズ作品の「市民ケーン」から始まり、1962年のデーヴィッド・リーン作品「アラビアのロレンス」、1981年のウォーレン・ベイティ作品「レッズ」、1987年のベルナルド・ベルトルッチ作品「ラスト・エンペラー」、2004年のマーティン・スコセッシ作品「アビエイター」へと連なる「歴史上の人物の内奥に迫り、その栄光と没落(もしくは終焉)を描いた一大スペクタクル」の王道系譜を受け継いでいる。

例えば、私が大傑作と仰ぐ「シンドラーのリスト」はこの系列に含まれない。オスカー・シンドラーは歴史上の人物であるが、このスピールバーグ作品はシンドラーの心の奥に迫ることを主眼としていないからだ。リーアム・ニーソン演ずるシンドラーを中心に見ると、消化不良の気分になる。メインはあくまでもシンドラーではなく「リスト」なのである。ユダヤ民衆の受難とその解放者であっただろうシンドラーの微妙な関係をベースに、歴史に埋没した勇気ある行為を謳いあげている。

シンドラーは、ランドルフ・ハーストをモデルにしたチャールス・フォスター・ケーン、トーマス・エドワード・ローレンス、ジョン・リード、溥儀、ハワード・ヒューズ、J・ロバート・オッペンハイマーの系譜とは一線を画している。


ほぼ同じような理由で、「市民ケーン」の脚本を書いた(最終クレジットはウェルズと共同)ハーマン・J・マンキウィッツを主役にしたデーヴィッド・フィンチャーの「マンク」もこの系譜には属さない。「マンク」は「市民ケーン」のフリップサイド(B面)もしくはスピンオフ的立ち位置にいるからだ。つまり、ゲイリー・オールドマン演ずるマンクの心の内奥よりも、映画「市民ケーン」を織りなした人々のタペストリーをマンクの視点で描くことに重点が置かれている。マンクの見ている世界の構築、それが秀逸だった。


で、王道系譜には「市民ケーン」の有名な謎言葉「ローズバッド」以降、キーワードが設定されている。前にも書いたが、ローズバッドの映画上の解釈は幼児期の愛情が詰まっているソリに記された言葉だった。しかし、新聞王ハーストにとって「ローズバッド」は別の意味があった。愛人である女優のマリオン・ディヴィスを愛でる時に、その体の一部を彼は「ローズバッド」と呼んでいたのである。

そのことを、おそらくは、ハーストのインナーサークルに属していた劇作家・脚本家のマンクから聞いて、ウェルズは作品にダークでヤンチャな風刺画の隠し味を付け加えてしまった。25歳のウェルズは、人の心の機微には無頓着で傲慢な天才だった。

己のプライヴァシーを揶揄されたことによって、ハーストは徹底的に「市民ケーン」潰しにかかった。当時、ハリウッドの大作・話題作のプレミアといえば、マンハッタンのラジオ・シティ・ミュージック・ホールで開催することが唯一無二のステイタス・シンボルだった。「市民ケーン」はここでのプレミアをキャンセルされたのみならず一流劇場全てから締め出され、製作のRKO系列の劇場のみによる公開になった。ハースト系の新聞は「市民ケーン」の宣伝広告を一切拒否した。アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞以下9部門にノミネートされたが、受賞は脚本賞ひとつだった。ウェルズの監督キャリアも、以降確実に失速していく。シニシストとしての存在感だけが売りの「かつて天才だった映画人」のカテゴリーに押し込められた感がある。


ダークな隠し味を別にすると、主人公の心を解き明かすキーワード「ローズバッド」は王道系譜の作品群に継承されていく。

「アラビアのロレンス」では、WHO ARE YOU? の一言がそれに匹敵する。これは、デーヴィッド・リーンらしい「ねじれとひねくれ」の感覚で提示される。

このキーワードが発せられるのは映画の中盤。アカバを陥落させたローレンスが召使少年とともに砂漠の苦難を乗り越え、カイロに近い運河にたどり着く。その時、対岸を走っていたオートバイの英軍兵が、ローレンスに「お前は何者だ?」と大声で尋ねる。声を吹き替えたのは、デーヴィッド・リーン自身である。

この「オートバイの英国兵」というシチュエーションはラストシーンでも登場する。打ちひしがれてアラビアを去るローレンスが乗るジープを、英国兵が乗ったオートバイが追い抜いていく。オートバイが巻き上げる砂埃にダブってエンドテーマが始まる。

そこでWHO ARE YOU? という言葉を投げかけるものは出てこないが、ローレンスは無論、そのことを思案している。自分は何者なのか、と。

さらに付け加えるなら、このオートバイと「何者だろう?」という想念はある意味でブックエンドになっている。つまり、「アラビアのロレンス」は、何者かはわからない男がオートバイを疾走させ、事故死してしまうところから始まる。この一連のプロローグで、リーンは敢えて、ローレンス役のピーター・オトゥールの顔をさらさない。クロースアップでもゴーグルで顔の半分が隠れ、表情はわからない。

私は、中学生の時に初めて「アラビアのロレンス」を見たのだが、その時、実に素直にリーンの術策にハマった。このオートバイに乗って死んだ男は誰? 何者? という疑問で映画を見始め、次の葬式のエピソードで死んだのが主人公だと知らされても、だとしたらなんでピーター・オトゥールだとわかるように撮らなかったのか、何か恐ろしいどんでん返しがあるのではないか、などと考え続け、最終的には作品自体を嫌悪するに至った。

私が「アラビアのロレンス」の深遠なる映画性にひれ伏したのは映画人の知恵がついてからだ。


「レッズ」のキーワードは「WHAT AS?」。字幕では「肩書きは?」と訳されていたように記憶しているが、「役どころは?」の方が私好みだ。

「ラスト・エンペラー」は言葉としてはないが、コオロギ(もしくはキリギリス)がそれだろう。厳しい冬の時代の到来を告げるメタファーだ。

「アビエイター」は完璧に「ローズバッド」を模倣している。母の愛絡みのQUARANTINE(検疫)だ。

「オッペンハイマー」は、一言で切り取るならば、CHAIN REACTIONだろう。核分裂の連鎖反応にあたる人間の連鎖反応がアインシュタインとオッペンハイマーの関係にあるという意味で。愚かなストロースが気にしていた言葉としては「我々は世界の破壊者になった」だった。


ドルビー・シネマでは「オッペンハイマー」はヒロシマ(もしくはナガサキ)の惨状とポツダム会議の退廃を描く作品と並べてトリロジーとして考えたいというようなことも述べた。

映画「オッペンハイマー」が原爆投下の広島の悲惨な状況を描かないことは正解だったと、私は思っている。この作品にはこの作品のレゾンデートルがあるし、映画のロジック、関心を持つべきゾーンもはっきりしている。

コトはすべてオッペンハイマーの生きている領域で処理されている。

舞台を日本に移すなら、原爆投下の決断をトルーマンが下すに至った「今そこにある危機」としてのポツダム会談自体も描くべきだという議論にもつながる。当然、製作費も高騰するし、上映時間も9時間近くなる。広島もしくは長崎の惨状を描くにしても何をどう描くか、リサーチにも膨大な時間がかかる。現実に、ロスアラモス研究所のオープンセットの予算が足りなくて、規模を半分に削っているわけだから広島や長崎を描く余裕がなかったことも明らかだ。

実際の被曝体験をした人々が、映画の実情を無視して、心情的にその惨状を世に問うて欲しかったという気持ちは理解できる。メディアが、そういう惨状を描かなかったとノーラン作品を責めるのは理解できない。


私は、「日本のいちばん長い日」で広島の原爆投下をワンカットだけ入れている。製作費4億円の中でのやりくりではそれ以上は無理だった。ただ、作品キャンペーンで広島に行った時、広島市民に、原爆投下の惨状を描いてくれないのですか?と問われた記憶がある。そのこともあって、以来、原爆投下時の体験談や被爆関係の書物を読み漁り、何年かかけて脚本にもまとめた。被爆時の実情に関する知識には自信を持っている。

そういうこともあって、「オッペンハイマー」を見る前は、中途半端な形で「私の関心領域」に踏み込まないで欲しいという気持ちがあった。だから作品を見て、直接描写がないことに安堵した。広島(もしくは長崎)の地獄を描くのは「オッペンハイマー」を見た私や他の日本の映画人の仕事である。


同時に、誰かが、トルーマンの愚かな決断を後押ししたポツダム会議の醜態を描くべきだと思う。そもそもポツダム会議におけるメインの議題が「日本をどう降伏させるか」ではなかったことに、我々日本人は気づかなければいけない。ポツダム宣言イコールポツダム会議ではない、ということだ。

ポツダム会議の主要な議題はヨーロッパの分割だった。ポーランドはドイツの領土の大部分を欲したし、ソ連はイタリアまで共産圏に含めようとした。

主要登場人物はスターリン、チャーチル、トルーマンということになる。このうち、スターリンとチャーチルは病没したローズヴェルト大統領とともにヤルタでの三巨頭会談を経験している。ポツダムでのトルーマンは明らかな「格下」である。だから西側はチャーチルが主導していた。ところがポツダム会議開催中の英国での総選挙で、チャーチルは敗北し、チャーチルに随行していたアトリーが新たな英国首相になった。スターリン対格下トルーマン&新参アトリーコンビの戦いになったのだ。

ポツダム会談は一部では、CONTEST OF DECADENCEと呼ばれる。ある意味で、「チャップリンの独裁者」でチャップリンが揶揄したヒトラーとムッソリーニの「どっちが大物か」の競い合いに近い。スターリンがキャビアから始まる超豪華な晩餐で優位性を示せば、チャーチルはロンドンからオーケストラを呼び寄せ晩餐会を盛り上げた。するとスターリンはそれに対抗して・・・という具合に舞台裏でカラフルな競合があった。その中で、トルーマンが唯一優位に立っていたのが原爆開発競争である。いわば原爆は、彼の切り札だった。

開発に成功したことをスターリンに匂わせても、トルーマンは軽くあしらわれた。この時点で米ソ冷戦は始まっていたのである。チャーチルは原爆の使用には反対していたが、ポツダムからは姿を消した。そんな状況下で、トルーマンは原爆投下を決断する。

こういった事情は歴史学者で劇作家でもあるチャールス・ミーが1975年に一冊の本にまとめた。翌年にはミー自身とシドニー・キャロルの脚本で73分のTVムーヴィになっている。トルーマン役は当時そっくりさんだと話題になったエド・フランダース、スターリン役は「アラビアのロレンス」でトルコ軍の指揮官を演じたホセ・フェラー、チャーチル役はオーソン・ウェルズの番頭だったジョン・ハウスマン。私は見た記憶があるが、原作のスケール感に欠けた小品という印象しか残っていない。

「オッペンハイマー」の成功を足がかりに、このチャールス・ミーの労作がオールスター・キャストで甦ることを、私は切望している。主役は28歳のJFKだ。映画「オッペンハイマー」では一瞬ジョン・F・ケネディの存在が匂わされたが、JFKはポツダム会議とも関係している。彼は海外特派員としてポツダム会談を取材した。

派遣したのは、ハースト系新聞社だった。


2024/04/11 (木)

ドルビー・シネマでのトーク。


4月6日に丸の内ピカデリー・ドルビー・シネマで「オッペンハイマー」を語った。司会が武田真一さん。ありえない話だが、子供の頃からずっと見続けていたような気がするほど強いNHK男性アナのイメージが武田さんだった。おそらくは、かつてNHKが持っていた「堂々たる安定感のある男性アナ」の最後の継承者を、私は武田さんに見ていたのだと思う。彼がNHKのニュース番組を去ってからの男性キャスターにはそういった伝統芸の味わいが一切ない。今年4月の改変など最悪だ。納得できるのは7時の才女副島アナのみ。

登壇したのは武田さんと私以外に森達也監督がいて、その深い考察力とポイントの絞り込みのうまさは勉強になった。私の場合は、伝えたいことがいっぱいありすぎて、あちこちに話が飛んだかもしれない。武田さんが巧みに仕切ってくれたから老害トークには堕していなかったとは思う。

舌足らずの部分を補足、というよりも、あれこれ考えた長い長いオリジナル・ヴァージョンを以下に残しておきたい。


クリストファ・ノーラン監督の「オッペンハイマー」は、1941年に作られたオーソン・ウェルズ作品の「市民ケーン」から始まり、1962年のデーヴィッド・リーン作品「アラビアのロレンス」、1981年のウォーレン・ベイティ作品「レッズ」、1987年のベルナルド・ベルトルッチ作品「ラスト・エンペラー」、2004年のマーティン・スコセッシ作品「アビエイター」へと連なる「歴史上の人物の内奥に迫り、その栄光と没落(もしくは終焉)を描いた一大スペクタクル」の王道系譜を受け継いでいる。

例えば、私が大傑作と仰ぐ「シンドラーのリスト」はこの系列に含まれない。オスカー・シンドラーは歴史上の人物であるが、このスピールバーグ作品はシンドラーの心の奥に迫ることを主眼としていないからだ。リーアム・ニーソン演ずるシンドラーを中心に見ると、消化不良の気分になる。メインはあくまでもシンドラーではなく「リスト」なのである。ユダヤ民衆の受難とその解放者であっただろうシンドラーの微妙な関係をベースに、歴史に埋没した勇気ある行為を謳いあげている。

シンドラーは、ランドルフ・ハーストをモデルにしたチャールス・フォスター・ケーン、トーマス・エドワード・ローレンス、ジョン・リード、溥儀、ハワード・ヒューズ、J・ロバート・オッペンハイマーの系譜とは一線を画している。


ほぼ同じような理由で、「市民ケーン」の脚本を書いた(最終クレジットはウェルズと共同)ハーマン・J・マンキウィッツを主役にしたデーヴィッド・フィンチャーの「マンク」もこの系譜には属さない。「マンク」は「市民ケーン」のフリップサイド(B面)もしくはスピンオフ的立ち位置にいるからだ。つまり、ゲイリー・オールドマン演ずるマンクの心の内奥よりも、映画「市民ケーン」を織りなした人々のタペストリーをマンクの視点で描くことに重点が置かれている。マンクの見ている世界の構築、それが秀逸だった。


で、王道系譜には「市民ケーン」の有名な謎言葉「ローズバッド」以降、キーワードが設定されている。前にも書いたが、ローズバッドの映画上の解釈は幼児期の愛情が詰まっているソリに記された言葉だった。しかし、新聞王ハーストにとって「ローズバッド」は別の意味があった。愛人である女優のマリオン・ディヴィスを愛でる時に、その体の一部を彼は「ローズバッド」と呼んでいたのである。

そのことを、おそらくは、ハーストのインナーサークルに属していた劇作家・脚本家のマンクから聞いて、ウェルズは作品にダークでヤンチャな風刺画の隠し味を付け加えてしまった。25歳のウェルズは、人の心の機微には無頓着で傲慢な天才だった。

己のプライヴァシーを揶揄されたことによって、ハーストは徹底的に「市民ケーン」潰しにかかった。当時、ハリウッドの大作・話題作のプレミアといえば、マンハッタンのラジオ・シティ・ミュージック・ホールで開催することが唯一無二のステイタス・シンボルだった。「市民ケーン」はここでのプレミアをキャンセルされたのみならず一流劇場全てから締め出され、製作のRKO系列の劇場のみによる公開になった。ハースト系の新聞は「市民ケーン」の宣伝広告を一切拒否した。アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞以下9部門にノミネートされたが、受賞は脚本賞ひとつだった。ウェルズの監督キャリアも、以降確実に失速していく。シニシストとしての存在感だけが売りの「かつて天才だった映画人」のカテゴリーに押し込められた感がある。


ダークな隠し味を別にすると、主人公の心を解き明かすキーワード「ローズバッド」は王道系譜の作品群に継承されていく。

「アラビアのロレンス」では、WHO ARE YOU? の一言がそれに匹敵する。これは、デーヴィッド・リーンらしい「ねじれとひねくれ」の感覚で提示される。

このキーワードが発せられるのは映画の中盤。アカバを陥落させたローレンスが召使少年とともに砂漠の苦難を乗り越え、カイロに近い運河にたどり着く。その時、対岸を走っていたオートバイの英軍兵が、ローレンスに「お前は何者だ?」と大声で尋ねる。声を吹き替えたのは、デーヴィッド・リーン自身である。

この「オートバイの英国兵」というシチュエーションはラストシーンでも登場する。打ちひしがれてアラビアを去るローレンスが乗るジープを、英国兵が乗ったオートバイが追い抜いていく。オートバイが巻き上げる砂埃にダブってエンドテーマが始まる。

そこでWHO ARE YOU? という言葉を投げかけるものは出てこないが、ローレンスは無論、そのことを思案している。自分は何者なのか、と。

さらに付け加えるなら、このオートバイと「何者だろう?」という想念はある意味でブックエンドになっている。つまり、「アラビアのロレンス」は、何者かはわからない男がオートバイを疾走させ、事故死してしまうところから始まる。この一連のプロローグで、リーンは敢えて、ローレンス役のピーター・オトゥールの顔をさらさない。クロースアップでもゴーグルで顔の半分が隠れ、表情はわからない。

私は、中学生の時に初めて「アラビアのロレンス」を見たのだが、その時、実に素直にリーンの術策にハマった。このオートバイに乗って死んだ男は誰? 何者? という疑問で映画を見始め、次の葬式のエピソードで死んだのが主人公だと知らされても、だとしたらなんでピーター・オトゥールだとわかるように撮らなかったのか、何か恐ろしいどんでん返しがあるのではないか、などと考え続け、最終的には作品自体を嫌悪するに至った。

私が「アラビアのロレンス」の深遠なる映画性にひれ伏したのは映画人の知恵がついてからだ。


「レッズ」のキーワードは「WHAT AS?」。字幕では「肩書きは?」と訳されていたように記憶しているが、「役どころは?」の方が私好みだ。

「ラスト・エンペラー」は言葉としてはないが、コオロギ(もしくはキリギリス)がそれだろう。厳しい冬の時代の到来を告げるメタファーだ。

「アビエイター」は完璧に「ローズバッド」を模倣している。母の愛絡みのQUARANTINE(検疫)だ。

「オッペンハイマー」は、一言で切り取るならば、CHAIN REACTIONだろう。核分裂の連鎖反応にあたる人間の連鎖反応がアインシュタインとオッペンハイマーの関係にあるという意味で。愚かなストロースが気にしていた言葉としては「我々は世界の破壊者になった」だった。


ドルビー・シネマでは「オッペンハイマー」はヒロシマ(もしくはナガサキ)の惨状とポツダム会議の退廃を描く作品と並べてトリロジーとして考えたいというようなことも述べた。

映画「オッペンハイマー」が原爆投下の広島の悲惨な状況を描かないことは正解だったと、私は思っている。この作品にはこの作品のレゾンデートルがあるし、映画のロジック、関心を持つべきゾーンもはっきりしている。

コトはすべてオッペンハイマーの生きている領域で処理されている。

舞台を日本に移すなら、原爆投下の決断をトルーマンが下すに至った「今そこにある危機」としてのポツダム会談自体も描くべきだという議論にもつながる。当然、製作費も高騰するし、上映時間も9時間近くなる。広島もしくは長崎の惨状を描くにしても何をどう描くか、リサーチにも膨大な時間がかかる。現実に、ロスアラモス研究所のオープンセットの予算が足りなくて、規模を半分に削っているわけだから広島や長崎を描く余裕がなかったことも明らかだ。

実際の被曝体験をした人々が、映画の実情を無視して、心情的にその惨状を世に問うて欲しかったという気持ちは理解できる。メディアが、そういう惨状を描かなかったとノーラン作品を責めるのは理解できない。


私は、「日本のいちばん長い日」で広島の原爆投下をワンカットだけ入れている。製作費4億円の中でのやりくりではそれ以上は無理だった。ただ、作品キャンペーンで広島に行った時、広島市民に、原爆投下の惨状を描いてくれないのですか?と問われた記憶がある。そのこともあって、以来、原爆投下時の体験談や被爆関係の書物を読み漁り、何年かかけて脚本にもまとめた。被爆時の実情に関する知識には自信を持っている。

そういうこともあって、「オッペンハイマー」を見る前は、中途半端な形で「私の関心領域」に踏み込まないで欲しいという気持ちがあった。だから作品を見て、直接描写がないことに安堵した。広島(もしくは長崎)の地獄を描くのは「オッペンハイマー」を見た私や他の日本の映画人の仕事である。


同時に、誰かが、トルーマンの愚かな決断を後押ししたポツダム会議の醜態を描くべきだと思う。そもそもポツダム会議におけるメインの議題が「日本をどう降伏させるか」ではなかったことに、我々日本人は気づかなければいけない。ポツダム宣言イコールポツダム会議ではない、ということだ。

ポツダム会議の主要な議題はヨーロッパの分割だった。ポーランドはドイツの領土の大部分を欲したし、ソ連はイタリアまで共産圏に含めようとした。

主要登場人物はスターリン、チャーチル、トルーマンということになる。このうち、スターリンとチャーチルは病没したローズヴェルト大統領とともにヤルタでの三巨頭会談を経験している。ポツダムでのトルーマンは明らかな「格下」である。だから西側はチャーチルが主導していた。ところがポツダム会議開催中の英国での総選挙で、チャーチルは敗北し、チャーチルに随行していたアトリーが新たな英国首相になった。スターリン対格下トルーマン&新参アトリーコンビの戦いになったのだ。

ポツダム会談は一部では、CONTEST OF DECADENCEと呼ばれる。ある意味で、「チャップリンの独裁者」でチャップリンが揶揄したヒトラーとムッソリーニの「どっちが大物か」の競い合いに近い。スターリンがキャビアから始まる超豪華な晩餐で優位性を示せば、チャーチルはロンドンからオーケストラを呼び寄せ晩餐会を盛り上げた。するとスターリンはそれに対抗して・・・という具合に舞台裏でカラフルな競合があった。その中で、トルーマンが唯一優位に立っていたのが原爆開発競争である。いわば原爆は、彼の切り札だった。

開発に成功したことをスターリンに匂わせても、トルーマンは軽くあしらわれた。この時点で米ソ冷戦は始まっていたのである。チャーチルは原爆の使用には反対していたが、ポツダムからは姿を消した。そんな状況下で、トルーマンは原爆投下を決断する。

こういった事情は歴史学者で劇作家でもあるチャールス・ミーが1975年に一冊の本にまとめた。翌年にはミー自身とシドニー・キャロルの脚本で73分のTVムーヴィになっている。トルーマン役は当時そっくりさんだと話題になったエド・フランダース、スターリン役は「アラビアのロレンス」でトルコ軍の指揮官を演じたホセ・フェラー、チャーチル役はオーソン・ウェルズの番頭だったジョン・ハウスマン。私は見た記憶があるが、原作のスケール感に欠けた小品という印象しか残っていない。

「オッペンハイマー」の成功を足がかりに、このチャールス・ミーの労作がオールスター・キャストで甦ることを、私は切望している。主役は28歳のJFKだ。映画「オッペンハイマー」では一瞬ジョン・F・ケネディの存在が匂わされたが、JFKはポツダム会議とも関係している。彼は海外特派員としてポツダム会談を取材した。

派遣したのは、ハースト系新聞社だった。


 a-Nikki 1.02