2025/02/04 (火) アナーバー日記。その2。
■ 1月23日。木曜日。 ミシガン大学にはアナーバーのダウンタウンと渾然一体となったセントラル・キャンパスの他に、車で10分ほどの郊外の丘陵地帯に広がるノース・キャンパスがある。卒業生のアーサー・ミラーの業績を記念するモダンなアーサー・ミラー・シアターもここにはある。マーカスは、そこからさらに5分ほど走らせたノースキャンパスと森林地帯の境にある倉庫ビルに私を連れて行ってくれた。
雪景色の中で異彩を放つその巨大長方形の建物は、どこぞの惑星の銀色の砦に見える。マーカスはその建物をMAVERICK COLLECTIONと呼んだ。シャッターが降りた搬入口の脇にある通用口に、そのコレクションの管理を任されているフィルが現れ、我々を中に入れてくれた。
「エイリアン」と「スター・ウォーズ」と「シルクウッド」が合わさったビルにようこそ、と彼は言う。天井が高く広いメタリックな廊下が縦横に広がって各セクションが重いドアに仕切られた空間は宇宙船の内部のようでもある。だから最初の2作の引用はわかる。「シルクウッド」は、メリル・ストリープが演じたカレン・シルクウッドが働いていた核燃料工場のイメージで引用したのだろう。
■ フィルは坊主頭の巨漢。有能なライブラリアンだと、マーカスは言う。このビルには卒業生を中心に寄贈された膨大な量の書籍や資料が保管されている。映画関係だけでも、オーソン・ウェルズ、ロバート・アルトマン、ジョナサン・デミ、ローレンス・キャスダン、ジョン・セイルズの、それぞれの映画宇宙を彩る資料が収納されている。様々なプロップやポスター類もある。
オーソン・ウェルズの場合は「市民ケーン」で使用した黒い帽子も杖もあった。 様々なスケッチやアイデアが書かれたノートもあった。私が「関ヶ原」で参考にさせてもらった「フォルスタッフ」又は「CHIMES AT MIDNIGHT」のオリジナルの絵コンテもあった。これらは競売に出されたら7桁の値段がつくかもしれないレアものだ。フィルがウェルズの娘の知遇を得て寄贈されたのだと言う。
他の四人の監督の場合は、それぞれの部屋に100を越えるボックスが収納されている。彼らが携わった映画の詳細な資料やメモが詰まった宇宙だ。人間的には問題あるが、整理能力に優れているのはローレンス・キャスダンだ、とフィルは言う。寄贈された時点で、完璧な目録ができていたらしい。
私の映画人生はおそらくボックスにして20個あるかないかだろう。アメリカで映画を作ると言うことは、エージェントや弁護士、ステュディオ重役たちとのやり取りだけで膨大な量のメモが残る。その差は大きい。ストレスも巨大だ。
フィルは2時間かけて映画宝庫を案内してくれた。私はひたすら圧倒され、オーソン・ウェルズの黒い帽子を被って記念写真におさまった。
■ ディナーは夜の「関ヶ原」上映に備えて早めに食べた。アナーバーの人気レストランのひとつSAVA’S。ギリシャ系の店だ。私はギリシャ風サラダのハーフとフィッシュ&チップスを頼んだが、またしても大部分がテイクアウトだった。
前夜のディナーはCJSの三人の女性教授たちと超人気のMANI OSTERIAでのイタメシだった。そこでは時差ぼけもあって食欲もうつろで、女性陣のオーダーした品々を摘む程度だった。
この夜の場合は、マーカスの親友でもある音楽関係の仕事をしているピーターと男三人でのディナー。ピーターは大阪西成区の住民だったこともあり、完璧な大阪弁を話すインテリだ。数時間後に控えた「関ヶ原」Q &Aに備え英語感覚を養いたい私の気持ちを二人は察してくれて、会話は英語で通したけれど。
「関ヶ原」の冒頭挨拶を、次週、その次の週と続く日本の三大変革期のことを話すか、それとも、最近私が思うに至った三成、土方、阿南陸相という三人の主人公のアルベール・カミュ的生き方の共通項を話すべきか、と相談するとピーターは即座に、カミュ、と答えた。マーカスも、日本の三大変革期に関しては上映後の質疑応答で、自分が振ると提案してくれた。
カミュ的生き方というのは、不条理から逃れらないがニヒリズムに走ることがない生き方のことで、最近読み始めたカミュの諸作によって、カミュも、三成も、土方も、阿南陸相も、志半ばによる不条理な死を迎えたと考えるようになったためだ。
■ 上映会はとてもいい雰囲気で始まり、上映後のトーク・イヴェントも1時間に及んだ。私も久しぶりに大画面で「関ヶ原」を鑑賞し、改めて、我がスタッフ、キャストの熱気を堪能した
「SHOGUN」の1話と2話を劇場で見た時、天皇制に一切触れてないゆえにオーセンティシティに著しく欠けていると思ったが、「関ヶ原」でも天皇を描くことは避けている。
が、二箇所、「天皇の権威」に触れているところを確認して安心した。「SHOGUN」のように逃げてしまったわけではない。製作費が足りないから描かなかっただけだ。
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