2025/01/28 (火) 寒い国から帰って来たカントク。
■ 1月21日から27日までミシガン大学日本研究センター(CJS)の招きで大寒波襲来のアナーバーへ行って来た。書きたいこと書かねばいけないことはいっぱいある。どこから書き出していけばいいのか時差ぼけの頭では明確なコースが見つけられない。と言うわけで司馬遼太郎先生の「関ヶ原」の「つぶやき」に従って「思いつくまま」書き進めてみよう。
■ ミシガン大学のマーカス・ノーネス教授がCJS WINTER 2025 FILM SERIESとして私の作品10本をプログラミングしてくれた。そのオープニングが1月23日で、「関ヶ原」をミシガン劇場スクリーニング・ルームで上映した。
以降の作品はステート劇場にある4つのスクリーンの一つで1月30日の「燃えよ剣」から4月10日の「KAMIKAZE TAXI」まで、毎週一本の上映となる。 「日本のいちばん長い日」、「わが母の記」、「駆け込み女と駆け出し男」、「バウンスkoGALS」、「バッドランズ」、「金融腐食列島・呪縛」、「狗神」の順序で進み「KAMIKAZE」がフィナーレだ。
この10本を選んだ理由は次回以降のアナーバー日記で触れよう。
■ ミシガン劇場は1927年に建てられた1610席のMOVIE PALACEだ。私が初めてミシガン大学に招待されたのは2001年で、その時にはこの大劇場で「KAMIKAZE TAXI」を上映した。ただこの劇場の壮麗なロビーやバルコニー席の記憶はまったく残っていない。
ステージに立って一階席のあちこちに散らばった多分200人以下であろう観客を見下ろしながら、私が様々な質問に答えた記憶はある。反応は上々だった。が、不思議なことに、今覚えているのはその中で唯一ネガティヴな質問を放った銀髪老女の姿だけだ。彼女は、「どうして警察が出て来ないの。わたしには理解できない」と不満をぶつけてきた。他の観客は失笑し、私は冗談っぽく、警察側を描く予算がなかったんです、とだけ答えた。銀髪老女は硬い表情のまま受け止め、それ以上追求してくることもなかった。
今回はこの大劇場ではなく、壮麗なロビーを抜けて奥の通路(ここにも様々な展示がある)を下ったスクリーニング・ルームと呼ばれる200席の美しい新設小劇場での「関ヶ原」上映となった。イメージとしては、TOHOシネマズ日比谷のスクリーン12(旧スカラ座)とスクリーン13の位置関係だ。
マーカス曰く、音響設備は小劇場の方が圧倒的にいい。それは、私も、1月23日の夜体感した。大劇場では1月24日にデーヴィッド・リンチ追悼上映として「ブルー・ベルベット」がプロミングされていた。
■ ミシガン劇場のサヴァイヴァルの歴史と映画宮殿らしい優雅な外観はネットでご覧いただくとして、ステート劇場の方は、正面のマーキー以外、当時の様相はない。元々は1940年に建築され1900席あったそうだ。現在は、一階部分をスーパー・マーケットのTARGETが占拠、映画は2階バルコニーを改築した4つのスクリーンに追い込まれ、新作中心の上映となっている。この二つの劇場の関係図はMICHIGAN THEATERのサイトに載った写真で確認できる。
ステート劇場は私が滞在したTHE BELL TOWERの裏にあたり、歩いて5分もかからないミシガン劇場との中間点にある。上映作品の中でも、日本での公開が遅れそうな「NICKEL BOYS」(アカデミー賞脚色賞と作品賞にノミネート)が24日から始まったので、この作品を見て、映写環境をチェックするつもりでいたのだが、結局、夜の寒さに負けて出かけることはなかった。
■ ミシガン大学のセントラル・キャンパスはアナーバーのダウンタウンに混在している。街と大学の境目といったものがない。私が今回訪れたのはこのセントラル・キャンパスと北東の広大な敷地に点在する未来型のノースキャンパス(主に卒業生の寄付で建てられた)。全米でもトップ3に入る名門州立大学である。
社会科学分野、建築、アジア地域研究、スポーツ強豪校としての評価が特に高いと言われている。映画、文学での人材育成にも力を注いでいる。卒業生アーサー・ミラーの業績を称えるアーサー・ミラー・シアターはノース・キャンパスにあって、文字通り、光り輝いている。それ以上に驚いたのは、超フューチャリスティックな「倉庫」にあるマーヴェリック・コレクションだ。そのことはアナーバー日記で詳細に書く。
■ デトロイトとアナーバーは車で40分ほどだ。20世紀の一時期デトロイトにはアメリカの富が集中した。巨大建造物が立ち並び、そこはアール・デコの芸術表現の空間になった。自動車産業の衰退とともにデトロイトは荒廃したが、文化は残った。2001年の旅ではその荒廃ばかりが記憶に残っているが今回は、文化と知性が活力になった再生の力を感じた。
そして、アナーバーで味わった最高のデリ、デトロイトで遭遇したわが生涯で最も美味なエンチラーダ・ロハス。そんな話もしよう。
6年ぶりにアメリカに戻ってきた日、TVではバーニー・サンダースがトランプの醜悪なるoligarchy(少数独裁制)を口撃していた。
トランプの愚かさに屈しない知性がアナーバーにも溢れている。
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