2022/09/23 (金)

反省会とお知らせ。


昨日の舞台挨拶、皆さん、ご苦労様でした。スター出待ちの群衆は1時間近く劇場前で待っていたのではないかしら。写真セッションの方は、前回よりもスムースに進行。時間を19時10分までと区切ってやったので、それほど腰に負担もかからなかった。今回は60名ほど。中に男性がひとり。

そのあと再び東映本社8階に戻り、20時25分くらいからオンライントークに参加したわけです。司会の伊藤さん、映画.comの尾崎さん、ぴあの中谷さん、皆さん「ヘルドッグス」愛が強くて実に楽しいトーク・セッションとなりました。

で、その中で、私、ふとつほど勘違い発言をしたことを今朝、思いあたった次第。一つは北村一輝演ずる土岐が映画の中ではひとりも殺していないと発言したこと。立派にドス殺ししています。うっかりにも程がある。もう一つは「自由戀愛」ロケ地に触れたところで「猪苗代湖」と言ってしまった。これは中禅寺湖の間違い。ま、トリビアルなことですが反省です。


28日には渋谷TOEIにて18時30分の回終了後にティーチイン、というか、「沼がたり」をやります。質疑応答よりも、むしろ、ヘルドッグス沼にハマった人たちとの交流会ですね。

ポスターにデカデカと名前が載っているスターは来ません。チビっと名前が載っている役者は来るかも、です。全く載っていない役者は観客に紛れて参加すると思われます。編集兼出演の遊人はステージに上がります。でも、メインは沼ハマり組が熱く語る、もしくは熱く質問するそんな夕べです。

29日には原作の深町秋生さんとの対談もあります。多分、Q&Aもあるでしょう。こういう風に「語り合う」機会がしぶとく続くよう、映画の神様に祈っております。


2022/09/18 (日)

舞台挨拶という到達点に於ける映画愛。


昨日、丸の内TOEIにて「ヘルドッグス」の舞台挨拶。この劇場を舞台の上から眺めるのは「突入せよ!あさま山荘事件」以来だから20年ぶりか、という感慨あり。

あの頃は、初日初回のティケットを求めてハードコアな映画ファンが劇場前に朝早くから並ぶ、という時代だった。私も朝早くワクワクして様子を見に行ったら、イレコミ(開場)の数時間前なのに数人が寒そうに路上に座って待っている(公開は2月だった)。嬉しくて温かい飲み物を買って彼らに配った記憶がある。舞台挨拶後の上映終了後には劇場二階のロビーで、急遽、Q&Aセッションも開いた。作り手と観客の映画愛が繋がる時代だった。


13時台の回終了後と18時台の回上映前の2度、岡田坂口松岡MIYAVIの皆さんと挨拶した。劇場前を通過する「国葬反対!」のデモ隊の声が開け放ったドアから劇場内まで入り込んできた。舞台で、国葬反対!と同調したかったが自制した。

その1回目の挨拶で、役者の参加は無理だけど監督だけなら記念写真にお付き合いできるから18時20分頃、劇場入口脇ユニクロに近い壁面の「ヘルドッグス」大看板前に来れる人はいらっしゃい、とアナウンスした。

丸の内TOEIでの「繋がる映画愛」の記憶がそういうことを言わせたのだ。90分後の不確かなアポゆえ、集結するのはせいぜい5、6人だろうと踏んでいたことも確か。

甘かった。


18時過ぎ、ファンは役者の出待ちを待って劇場前に長蛇の列を作っていた。近くで美味しいものを食べ、再度集結した人もいたかもしれない。私が出て行くと拍手のトンネルが出来て、私は凱旋将軍の気分でそこを通過して、大看板前に立った。

出待ち組と記念写真組に列が分かれ、私は結局、次の40分間を大看板前で過ごすことになった。18時台の回上映中の劇場を抜け出して記念写真撮影に参加した観客もいた。9割以上の人が私の右側に立ったので、重心が右に傾き、終わる頃には右足が痛くなっていた。これはこれで、舞台挨拶という到達点の一つの幸せな記憶になった。

ただ一つ気になったこと。

100人を超える記念写真組は100%女性だった。

男たちよ、「ヘルドッグス」沼にハマってくれよ。それとも、ハマりこんで疲れ果て、沼の底に沈んでしまったのかい?


2022/09/11 (日)

そこまでヘルドッグスして委員会。


9月11日の「そこまで言って委員会」に出演させていただきました。「ヘルドッグス」の取材もしていただきました。TV出演は、出る度に、一人で反省することしきり。今回も、そこは同じ。ま、10年ぶりに出演なさった有田芳生さんのコメントが主軸だから、番組としては完璧に機能しておりました。

安倍元首相暗殺がらみテロがらみの特集で、21年前の911テロの日、タイ航空の乗客としてLAを目指していた私としては、そのことなども多少は触れたいな、などと考えていたのです。なんせ、この便、2001の911にアメリカ本土に着陸した最後の便で、ハワイあたりからはF14戦闘機にエスコートされ、おかしな動きあれば一瞬にして撃墜された一機でして。

テロの時間帯にアメリカ本土に向かっていたこの便より前の便は、全てカナダかメキシコに回され、後の便はそれぞれ出発地へ引き返していたわけです。私の乗った便は、サンフランシスコ空港着でした。

機内の案内は当然、テロの話などしません。到着30分前になって、LAXの滑走路が使用不可のため、当機はサンフランシスコに着陸します、と。ランディングと同時に携帯を使い始めた乗客から次々と「ワールド・トレード・センターでテロ?」「ペンタゴンにも突っ込んだ?!」などと悲鳴に近い声が上がり、駐機場に到着するや否や武装警官5、6名が乗り込んで、パスポートの写真ページを開いて手に持ち、順番に出口に向かえ、となったわけです。


そんな話を戦火のウクライナから戻ったばかりの不肖宮嶋さんと交わして過ごす時があってもいいのかな、とも思っていました。なんせ、収録日の大阪へ向かう車中では不肖宮嶋さんの「ウクライナ戦記」を夢中で読んでおりましたから。番組では私の隣に座っておりましたから。でもまあ、収録では911テロには話題が流れなかったですね。

山上容疑者対統一教会がらみの話題では映画「タクシー・ドライバー」アングルで多少の発言もしましたが、その部分は番組に残っているかどうかは知りません。残っていたとしても、言葉足らずであったのではないかと思い、ここに、足りなかった部分を補足しておきます。


マーティン・スコセッシ監督の「タクシー・ドライバー」ではロバート・デニーロ演ずるトラヴィスが潜在的テロリストです。

つまり、彼の最初の標的(プランA)は選挙演説中の上院議員。ここで行為に及んでいれば、彼は政治テロのテロリストとなります。警備が厳重だったため、これを断念し、いわば「私怨」とも言える売春組織への殴り込み(プランB)にスイッチを切り換えます。

この切り換えによって、トラヴィスは民衆のヒーローとなり、憂鬱なる日常から解放されるというのが終盤の骨子。

山上容疑者のプランAの標的は統一教会の韓鶴子総裁でした。2019年の10月に火炎瓶で私怨を晴らすつもりだったが断念し、トラヴィスが取り組んだ銃器製作、火薬調合の過程を経て3年後にプランBの安倍暗殺に走るわけです。

「我、一命を賭して全ての統一教会に関わるものの解放者たらん」という声明を発して。

つまり、トラヴィスの1日の仕事を山上容疑者は3年かけて、熟成させて、プランAからプランBに展開させたことになるわけで。

さらに言うなら、政治テロ→私怨の解放を、逆ルートの私怨→政治テロの解放回路へ進み犯罪者となってしまった。

その全体像を覆うのが、「宗教」と言う点で両者は共通しているのです。


「タクシー・ドライバー」の場合、映画でダイレクトに宗教は描かれておりません。それは、このオリジナル脚本を書いたポール・シュレーダーの心にある。

彼の分身たるトラヴィスが性的抑圧の解放を求めて暴力に走る動機に「宗教と母の狂信」が居座っていることは確かなのです。



ポールの両親は厳格なダッチ・カルヴィニストだった。それがどういう宗派かというと、ポールの兄で同志社大学で教鞭を取ったこともある脚本家のレン・シュレーダーから、「愉しいこと、気持ちの良いことは全て罪」と聞いたことがある。

それゆえ、1943年生まれのレンは、高校生になるまで映画を見たことがなかった。映画を見る、という罪を犯すときには相当な覚悟が必要で、その時選んだのは、母親が「唾棄すべき小説」と庭で燃やしたベストセラー「或る殺人」の映画化作品だった。

3才年下のポールの場合、罪を犯す映画として選んだのは「底抜け大学教授」。二人はそれぞれの秘密を抱えたまま成長し、20代になって初めて、お互いの罪を打ち明けあった。

ちなみに、レンは「ザ・ヤクザ」の脚本をポールと共同で書いた後、「太陽を盗んだ男」の脚本も書き、「蜘蛛女のキス」ではアカデミー賞脚色賞にノミネートされて、2006年に亡くなった。私が出会った頃、彼は魚を食べると吐き出すと言っていたことを憶えている。理由は、カルヴィン学派のシンボルが魚の形をしていたからーーー。

ポールとも2、3度会ったが、レンほどに親しくはなれなかった。なんと言ったらいいかわからないのだが、会話が続かない。人種差別ではないが、彼はアジア系を苦手としているのではないだろうか。そういうイメージが私にはある。

監督デビューしたのち、作る映画も一作ごとに「人見知り度」を強めている感じがする。

2022年度のヴェニス映画祭では、その継続した創作活動に対して功労賞が与えられているが、不幸のどん底で書いた「タクシー・ドライバー」のような、傑出した私怨の解放作業はあれ以後残していない。

「タクシー・ドライバー」は、スコセッシ、デニーロという稀有な才能との出会いで開花した1970年代のモニュメントなのだ。


2022/08/20 (土)

遅ればせながら✖️2

書店で私を睨みつけている男の目線が気になった。運慶と快慶の隣にいる漢だ。

神田伯山という。

聞いたような感じもするが、と、そのPEN BOOKを手に取った。講談師のスーパースターであることがわかった。「運慶と快慶」特集号ともども二冊のPEN BOOKSを購入し、帰宅した。

その夜更け。

神田伯山ブックを読みつつ寝落ちする予定だったのだが、彼の言葉や彼への賞賛を読み進むうちに、その講談師ぶりを聞きたくなった。

YOU TUBEで「中村仲蔵」をクリックした。トータル43分ほどある。最初の5分程度聞けば満足するだろう、と思っていた。第一、私は講談を聞き慣れていない。講談との縁といえば、子供の頃は、ラジオから流れ出る広沢虎造の浪曲を講談だと思っていたくらいで、「燃えよ剣」キャンペーンの一環で、神田紅さんと対談するまでその世界の片鱗に触れることすらなかった。

だから、5分以上聞いていられる筈がない、と踏んだのだ。

それが。


43分、フルに視聴いたしました。それだけでは物足らず、ギャラクシー賞受賞スピーチも、その奥様の分も、はたまた太田爆笑問題光との雑談も、ぜーんぶ見た。いやいやいや、魅せられたのです。

講談がこれほどヴィヴィッドで豊かなる緩急感性表現の場であるということを、遅ればせながら、確認したのです。

神田伯山のガンギ(顏技)、時空間の飛び方と緩急の自在さ、いやあ、すごかった。主演、脚色、演出のワンマンライブ!

どうやったら、スーパー人気の彼を私の映画に呼べるだろうか、と考えル今日この頃なのです。


二つ目の「遅ればせながら」はNetflixの宣伝のようなものですね。

神田伯山の次の夜、鋭意作業中のシノプシス書きに疲れ、Netflixでいつものように映画フリップしておりました。ジェイミー・フォックス主演のおバカゾンビ・アクション・フリックには3分で飽きて、韓国犯罪モノ「模範家族」全10話を10分弱でスキャンして、あ、そう、ここまで引っ張っといてまだ続くの、とカットして、そんな流れだから、「マサトへの相性98%」と出ているけれど、ゼッテー飽きる、というかデッド・オン・アライヴァル(つまり始まった途端に終了)に決まっている「ザ・ハント」をクリックしたわけですよ。

だってさ、上層階の人々が下層階の人々を森へ誘いハントする人間狩り映画なんて、THE MOST DANGEROUS GAME以来1000000回作られているわけで、安っぽいに決まっているのだ。退屈度99%を軽く超えるに違いないのだ。だって、キャストに落ち目女優筆頭格のヒラリー・スワンクの名前があるのですよ。これだけで、見る気がしなくなる。ちなみに男の落ち目筆頭はニコラス・ケイジね。


というわけで、Netflixで作品フリップするたびに目には入っていたけれど、何が「98%」だ、アホめ、と呟きスルーしていた「ザ・ハント」。

監督はクレイグ・ゾベル。あれ?どこか引っかかる名前だぞ、と感じながらもIMDBで調べるのも面倒で、どうせ3分持たないだろうと、見始めた。

導入部。後ろ姿のモンスター・レディが、おそらくヒラリーだというのはわかる。が、次の展開がプライヴェート・ジェットの機内で、えぐい殺人事件が起きて、死体をずるずる引きずって暗い空間に押し込むと、そこに眠らされている獲物たちがいて、その一人、ヨガ・パンツのブロンド美人にカメラが寄って行き、映画の文法上、これがプロタゴニストでヒラリーがアンタゴニストなのね、と構造が見えた気になったら、とんでもない。

以降、地上でのハントが始まった途端、主役と思った彼女の頭が吹っ飛び、じゃあ、こいつが主役かと思ったタフガイっぽい彼も殺され、次々と主役候補が死んでいく。


そうこうしているうちに、こいつが主役じゃ人的景観が寂しいなあと思う3人組が生き残り、ど田舎のガソリンスタンドに逃げ込むと、そこにいるのはど田舎パパとママのオーナー・カップル。このママさんが、エド・ハリスの奥方で超ヴェテランのエイミー・マディガン!

通好みのコミカルなひねりが一気に弾けて、この作品、たかだか90分だし、最後までみてもいいかも、の気持ちになったわけ。

でもねえ、既に10分経過して、主役がわからない。これって、「エイリアン」で当時無名だったシガーニー・ウィーヴァーが次第に主役としての存在感を見せてくれたプロセスと似てるじゃんよ、と少し期待感も湧いたところで長期戦に備えてトイレ休憩。


再開したところで、やっと主役が登場する。彼女の役名は最後まで明かされない。素性も最後まで語られない。言ってみれば、かつてクリント・イーストウッドが得意とした荒野をさすらう名無しのガンファイター。

演じているのはBETTY GILPIN。ベティ・ギルピン。私、この時は、誰この女なんですね。

実は、彼女、意識を取り戻したヨガ・パンツ美女が地上で最初に見かけた「獲物仲間」。声をかけたのに、無視して何処かへ消えてしまった中年のハンサム・ウーマン。


この再登場で、エイミー・マディガン相手に虚実皮膜のタイトロープを張っていくベティ様のスリリングなガンギ(顏技)に、私はすっかり魅せられてしまった。

主役の座に駆け上がる演技とアクションの展開が実に見事。

ここからはベティ様と共に、最後の対決まで、一気呵成に楽しんだ。人間狩りの動機も、現代社会の在り方を風刺して納得。作品評価はど真ん中のA。

ベティはところどころスタント・ダブルを使っているけれど、アクションでも頑張っている演技派。この作品が作られた2020年度のアカデミー賞主演女優賞は「ジュディ」のレニー・ゼルウィガーに行ってしまったが、私のベスト・アクトレスは「間違えられたクリスタル」を演じたベティ・ギルピン!

当然、作り手たちの素性も気になった。これだけウィットに富んだB級アクションをモノにするのは相当な手練れに違いない、と思ってIMDBをチェックしてみると、なんと、この脚本家チームと監督のクレイグ・ゾベルは、私が夢中になった、あの、「THE LEFTOVERS」のチームであった。

ベティ・ギルピンは「ザ・ハント」の直前、2017年から2019年まで、Netflixのコメディ・シリーズ「GLOWゴージャス・レディース・オヴ・レスリング」で、3年連続エミー賞の助演女優賞候補になっている。

というわけで、私は今、「遅ればせながら」ベティ・ギルピンの虜となり「GLOW」にハマっているのです。


2022/08/20 (土)

遅ればせながら✖️2

書店で私を睨みつけている男の目線が気になった。運慶と快慶の隣にいる漢だ。

神田伯山という。

聞いたような感じもするが、と、そのPEN BOOKを手に取った。講談師のスーパースターであることがわかった。「運慶と快慶」特集号ともども二冊のPEN BOOKSを購入し、帰宅した。

その夜更け。

神田伯山ブックを読みつつ寝落ちする予定だったのだが、彼の言葉や彼への賞賛を読み進むうちに、その講談師ぶりを聞きたくなった。

YOU TUBEで「中村仲蔵」をクリックした。トータル43分ほどある。最初の5分程度聞けば満足するだろう、と思っていた。第一、私は講談を聞き慣れていない。講談との縁といえば、子供の頃は、ラジオから流れ出る広沢虎造の浪曲を講談だと思っていたくらいで、「燃えよ剣」キャンペーンの一環で、神田紅さんと対談するまでその世界の片鱗に触れることすらなかった。

だから、5分以上聞いていられる筈がない、と踏んだのだ。

それが。


43分、フルに視聴いたしました。それだけでは物足らず、ギャラクシー賞受賞スピーチも、その奥様の分も、はたまた太田爆笑問題光との雑談も、ぜーんぶ見た。いやいやいや、魅せられたのです。

講談がこれほどヴィヴィッドで豊かなる緩急感性表現の場であるということを、遅ればせながら、確認したのです。

神田伯山のガンギ(顏技)、時空間の飛び方と緩急の自在さ、いやあ、すごかった。主演、脚色、演出のワンマンライブ!

どうやったら、スーパー人気の彼を私の映画に呼べるだろうか、と考えル今日この頃なのです。


二つ目の「遅ればせながら」はNetflixの宣伝のようなものですね。

神田伯山の次の夜、鋭意作業中のシノプシス書きに疲れ、Netflixでいつものように映画フリップしておりました。ジェイミー・フォックス主演のおバカゾンビ・アクション・フリックには3分で飽きて、韓国犯罪モノ「模範家族」全10話を10分弱でスキャンして、あ、そう、ここまで引っ張っといてまだ続くの、とカットして、そんな流れだから、「マサトへの相性98%」と出ているけれど、ゼッテー飽きる、というかデッド・オン・アライヴァル(つまり始まった途端に終了)に決まっている「ザ・ハント」をクリックしたわけですよ。

だってさ、上層階の人々が下層階の人々を森へ誘いハントする人間狩り映画なんて、THE MOST DANGEROUS GAME以来1000000回作られているわけで、安っぽいに決まっているのだ。退屈度99%を軽く超えるに違いないのだ。だって、キャストに落ち目女優筆頭格のヒラリー・スワンクの名前があるのですよ。これだけで、見る気がしなくなる。ちなみに男の落ち目筆頭はニコラス・ケイジね。


というわけで、Netflixで作品フリップするたびに目には入っていたけれど、何が「98%」だ、アホめ、と呟きスルーしていた「ザ・ハント」。

監督はクレイグ・ゾベル。あれ?どこか引っかかる名前だぞ、と感じながらもIMDBで調べるのも面倒で、どうせ3分持たないだろうと、見始めた。

導入部。後ろ姿のモンスター・レディが、おそらくヒラリーだというのはわかる。が、次の展開がプライヴェート・ジェットの機内で、えぐい殺人事件が起きて、死体をずるずる引きずって暗い空間に押し込むと、そこに眠らされている獲物たちがいて、その一人、ヨガ・パンツのブロンド美人にカメラが寄って行き、映画の文法上、これがプロタゴニストでヒラリーがアンタゴニストなのね、と構造が見えた気になったら、とんでもない。

以降、地上でのハントが始まった途端、主役と思った彼女の頭が吹っ飛び、じゃあ、こいつが主役かと思ったタフガイっぽい彼も殺され、次々と主役候補が死んでいく。


そうこうしているうちに、こいつが主役じゃ人的景観が寂しいなあと思う3人組が生き残り、ど田舎のガソリンスタンドに逃げ込むと、そこにいるのはど田舎パパとママのオーナー・カップル。このママさんが、エド・ハリスの奥方で超ヴェテランのエイミー・マディガン!

通好みのコミカルなひねりが一気に弾けて、この作品、たかだか90分だし、最後までみてもいいかも、の気持ちになったわけ。

でもねえ、既に10分経過して、主役がわからない。これって、「エイリアン」で当時無名だったシガーニー・ウィーヴァーが次第に主役としての存在感を見せてくれたプロセスと似てるじゃんよ、と少し期待感も湧いたところで長期戦に備えてトイレ休憩。


再開したところで、やっと主役が登場する。彼女の役名は最後まで明かされない。素性も最後まで語られない。言ってみれば、かつてクリント・イーストウッドが得意とした荒野をさすらう名無しのガンファイター。

演じているのはBETTY GILPIN。ベティ・ギルピン。私、この時は、誰この女なんですね。

実は、彼女、意識を取り戻したヨガ・パンツ美女が地上で最初に見かけた「獲物仲間」。声をかけたのに、無視して何処かへ消えてしまった中年のハンサム・ウーマン。


この再登場で、エイミー・マディガン相手に虚実皮膜のタイトロープを張っていくベティ様のスリリングなガンギ(顏技)に、私はすっかり魅せられてしまった。

主役の座に駆け上がる演技とアクションの展開が実に見事。

ここからはベティ様と共に、最後の対決まで、一気呵成に楽しんだ。人間狩りの動機も、現代社会の在り方を風刺して納得。作品評価はど真ん中のA。

ベティはところどころスタント・ダブルを使っているけれど、アクションでも頑張っている演技派。この作品が作られた2020年度のアカデミー賞主演女優賞は「ジュディ」のレニー・ゼルウィガーに行ってしまったが、私のベスト・アクトレスは「間違えられたクリスタル」を演じたベティ・ギルピン!

当然、作り手たちの素性も気になった。これだけウィットに富んだB級アクションをモノにするのは相当な手練れに違いない、と思ってIMDBをチェックしてみると、なんと、この脚本家チームと監督のクレイグ・ゾベルは、私が夢中になった、あの、「THE LEFTOVERS」のチームであった。

ベティ・ギルピンは「ザ・ハント」の直前、2017年から2019年まで、Netflixのコメディ・シリーズ「GLOWゴージャス・レディース・オヴ・レスリング」で、3年連続エミー賞の助演女優賞候補になっている。

というわけで、私は今、「遅ればせながら」ベティ・ギルピンの虜となり「GLOW」にハマっているのです。


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