2018/04/18 (水)

ミロス・フォアマンのこと。


「カッコーの巣の上で」1975は鑑賞するたびに学ぶことの多い名作だ。ハリウッドが最も輝いていた70年代アメリカ映画を代表する一本であるばかりではなく、私が日大国際関係学部で教えていた五年間、学生たちに毎年見せて講義をした愛着ある作品だ。俳優ワークショップの教材に使ったこともある。ミロスの最高傑作でもある。

数日前、ミロスが86才で亡くなった。訃報を聞いて、なぜ?という思いがふつふつとわき起こった。なぜ、ミロスは失墜したのか。

90年代には「ラリー・フリント」1996で一瞬息を吹き返したかに見えたが、「ヴァルモン(恋の掟)」1989から「マン・オン・ザ・ムーン」1999、「宮廷画家ゴヤは見た」2006に至る晩年の4本は駄作愚作のオンパレードだった。

殊に遺作となった「ゴヤ」のお粗末さには絶句した。その前後には、日本で相撲界を描く映画を撮りたがっているとか、ビジネスマン地獄の特訓キャンプの話をやりたがっているとかという噂が、私の耳に届いたこともある。いずれもジャパン・マネーがらみだった。作っていれば間違いなく晩節を汚すシロモノだった。Aリストの映画が撮れなくて焦っていたのは間違いない。何しろ、「カッコー」、「アマデウス」のプロデューサーだったソウル・ゼインツと、起死回生をめざして組んだ「ゴヤ」が作品的にも興行的にも大失敗だったわけだから。



70年代から80年代に栄光の頂を極め、そのあと進化する兆しもなく老化してしまった映画監督は意外に多い。筆頭はディレクターズ・カンパニーのトリオだろう。最初にピーター・ボグダノヴィッチの才能が枯渇し、ウィリアム・フリードキン、フランシス・フォード・コッポラが相次いで落ちていった。私が愛する映画を何本も作った監督たちの「堕落」は不思議でならない。

私自身は、まだ栄光の頂からは遠く離れているから、ひたすら進化の道を進めばよい。確実に進化している自覚はある。そういう立場の後輩として、先人たちの「失速」なり「堕落」なりを分析してみると、いくつか思うところはある。

ボクダノヴィッチの「堕落」は一番わかりやすかった。パートナーであったポリー・プラットとの訣別だ。フリードキンは、脚本を書けない上にハリケーン・ビリーと呼ばれた癇癪持ちだったことが大きい。コッポラは息子の死ですべてが変わった。今はソフィアの父として誰にも評価されぬ作品を時たま撮る。

ミロスは、チェコ時代の諸作から、アメリカ・デビューの「パパずれてるぅ」1971へと進化し続けた。「カッコーの巣の上で」で一気に羽撃き、「ヘア」1979、「ラグタイム」1981、「アマデウス」1984までは秀作、傑作、名作を連打して連戦連勝の勢いだった。

ところが失速の要因は「アマデウス」の成功に拠っていたのではないか、とミロスのキャリアを眺め私は考える。



「アマデウス」は、ミロスの訃報に接し、ディレクターズ・カット版を取り寄せて追悼の意識で鑑賞した。私はかつて、二度ほどこの作品を見ているが感想は「カッコー」には遠く及ばない、の一言に尽きる。立派な映画で高度な演出力を発揮している。しかし、どうしても不満を感じてしまう要素がある。キャストだ。

アントニオ・サリエリのF・マレー・エイブラハムスはうまい。アカデミー賞主演男優賞も受賞した。しかし、どう見てもイタリア人音楽家ではない。100%ジューイッシュだ。モーツァルトのトム・ハルシ(ス)もうまい。が、アメリカン・キッド以外の何者でもない。エリザベス・バーリッジもそう。モーツァルトの父レオポルドも、当時英国TVでしか出番のなかったロイ・ドートリスだから格調に欠ける。映画としてはモーツァルト父子の葛藤が弱い。素晴らしいのはロケ地とコスチュームとトワイラ・サープの舞台とジェフリー・ジョーンズの皇帝ヨーゼフという思いは初見以来変わらなかった。

ミロスの最大の問題点は、キャスティングにある。つまり、主役とヒロインは、その役のみに生きる顔に限定している。主軸キャストに関して、ミロスは一期一会を貫き、二度と再び仕事をしていないのだ。その頑な作家性が、作品の選択肢を狭めてしまったように思う。例えば、ジャック・ニコルソンが「カッコー」で生涯最高の演技を残したにもかかわらず、彼の主演で新たな企画を立ち上げようとは思わないのがミロスだ。

この偏向の作家性はロベール・ブレッソンの影響のように思える。ブレッソンはプロの俳優を嫌って、アマチュアを「モデル」と呼びキャストした。そこからキャリアを始めプロになったドミニック・サンダのような女優もいるが、彼は「モデル」の二度使いはしなかった。「二度づけ禁止」のルールを徹底し、それゆえ晩年無残に失速した。



ミロスは、アマチュアを主役に据えることはないものの、ブレッソンのルールを踏襲して、絶えず「新鮮な顔」を求めた。成功の絶頂にあった「アマデウス」では、凡人のサリエリ・イメージを払拭するミロス・フォアマン印の「新鮮な顔」で王の権威をしめしたかったのかもしれない。(初演のサリエリはポール・スコーフィールド、トニー賞を受賞したのはイアン・マッケラン。私はどちらのサリエリもエイブラハムス以上であったと思う。)

同じ役者を二度と主要パートで使わない姿勢は、演出するもののおごりであると、私は思う。ミロスは、映画作りの核に、俳優と監督の共同作業があることを認めていなかったのではないか。映画現場の独裁者だったのではないか。

脇ではミロスの常連もいることはいる。「パパずれてるぅ」以来、6作品に顔を出しているヴィンセント・スキャベリがその筆頭だろう。私は、ミロス作品でのスキャベリに惚れ込んで「ペインテッド・デザート」で彼をキャスティングしている。

他にも、ジェフリー・ジョーンズ、ケネス・マクミランは二回、マイルズ・チャピンは三回登場している。ダニー・デヴィートは「カッコー」とTVの「タクシー」でスターになったこともあって、「マン・オン・ザ・ムーン」でゲスト出演をしている。女優では思い当たらない。

キャスティングで柔軟性があれば企画の幅も広がったと思う。「アマデウス」のキャストの「独創性」が正当に批判されていれば、ミロスのその後は変わっていたかもしれない。

そういえば、分厚いミロス・フォアマンの英語本を、何年も前に購入した記憶がある。最初の数ページだけ読んで、ゆくゆく読めばよいと思い、そのままにしてしまった。探し出して、きちんとミロスを語れるようにしよう。


2018/04/07 (土)

ワシントンDC初見参。


3/29から4/6までワシントンDCに行って来ました。初のアメリカ首都訪問です。メインは、MGMと日米協会共催の「関ヶ原」北米大陸プレミアに出席するため。

私はハーフ・ロスアンジェリーノの西海岸人間なので東海岸へ行くときはいつもおのぼりさん風観光気分。行けばニューヨークも好きになったものの、行くまでに心理的しんどさのバリアがいくつか立ちはだかるのです。こういうイヴェントがあってやっと、ほんじゃま、顔出してみるか、ということになります。今回はMGMリゾート日本代表のジェイソン・ハイランド氏とMGMのジム・ミュレン会長の積極的な「映画『関ヶ原』をMGMナショナル・ハーバーでやろう!」という決断があり、実現したのです。

それにしても、1970年代にアメリカ生活を始めたのに、首都を一度も訪問せずにアメリカン・ウェイ・オヴ・ライフを語っていたとはなんたるパッパラパーか、としみじみ反省する8日間でした。

ワシントンDCは格調高くそびえたっていました。

MGMナショナル・ハーバーは広大なスィートに泊まり超VIP待遇でした。

ホテルのグランドホールでのドルビー大画面による「関ヶ原」プレミアは都内の一流館以上の映像美と臨場感で、350人の観客に大受けでした。スタッフの熱いサポートも素晴らしかった。

リンカン・メモリアルからスタートした観光プランも、感動と興奮の連続。殊に、最終日に訪れた報道のミュージアム、NEWSEUMには激しく心を揺さぶられました。我々が生きて来た激動の年月が、そこには脈打っています。

詳しいことはワシントン・ジャーナルとしてそのうちに書き綴ってみようと思っています。


2018/03/16 (金)

LEONARDO SBARAGLIA WEEK


過日、WOWOWの深夜プログラムで韓国映画の「トンネル/闇に鎖された男」を見た。崩落事故のトンネルに閉じ込められた男(ハ・ジョンウ)と妻(ペ・ドゥナ)と救助責任者(オ・ダルス)の、三者の葛藤を社会風刺に絡めて作った作品だ。

ビリー・ワイルダーの名作「地獄の英雄」をちょっとだけ連想させる。社会風刺面はやや稚拙だが、主役三人がうまいので最後まで見てしまった。

ハ・ジョンウは「チェイサー」と「哀しき獣」で大のお気に入りとなり、「お嬢さん」で愕然となったが、この作品で再び魅了された。

で、このトンネルを一つ抜けた先に、その夜のWOWOWはもうひとつのトンネルを用意していた。

アルゼンチン映画の「エンド・オブ・トンネル」だ。



殆ど、ついで感覚で見始めたら、やめられない。車椅子の主人公、突然押し掛けて来た間借り人の美女とワケアリの娘、トンネル堀ギャングの銀行強盗計画の三点セットを、監督のロドリゴ・グランデが見事な映像感覚で紡いでいく。

出色の犯罪映画なのだ。

クライマックスで、「え?なんで?」という展開もあるのだが、多少の欠点を振り切ってしまうほど、車椅子の主人公を演ずるレオナルドが素晴らしい。歴代車椅子男演技の最高峰といっていい。

で、彼の出演作をネットで漁った。ここで問題がひとつ発生。ラストネームの表記だ。初期の作品は、SBARAGLIAを文字通り、「スバラグリア」と表記している。アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた「人生スイッチ」のあたりから「スバラーリャ」になって、「スバラージャ」というのもある。名前のオリジンはイタリアで、あちらでは「ズバライヤ」と発音するのだそうだ。



好きな役者は正しい発音で表記するのが、私の、映画監督としてのマナーでもある。ネットで、アルゼンチン本国でのレオナルドのトーク・ショー出演場面を探ることにした。2時間ほどかけて出た結論。「バラーリャ」と発音するホストもいれば「バラグリア」と発音する人もいる。私の耳では「S」は殆ど聞き取れなかった。少なくとも「ス」ではないようだ。

ここで引き下がるわけにはいかない。続いて英語の記事を調べることにした。外国俳優名を発音記号で紹介することは多々ある。で、レオナルドのインタヴュー記事をせっせと読み込んだ。すると、出て来た。

「エズバラーリャ」である。アクセントは「ラ」。

役者の名前の発音は一般人と違うことが多々ある。配給業者はスペイン語のわかる人に聞いて「スバラーリャ」と表記したのだろう。私が読んだ記事は、取材者が本人に発音を聞いて発音記号を書いている。

ということで、現時点で、私は彼をレオナルド・エズバラーリャと呼ぶことにする。そして、きょうから未来永劫、私にとって「レオ様」といえば、ディカプリオではなくエズバラーリャであると心得てもらいたい。



レオ様への熱狂は、その後、「人生スイッチ」と「キリングファミリー」を見て確固たるものとなった。演技の達人である。

「人生スイッチ」はダミアン・ジフロン監督の話題作だから見た人も多いだろう。6話からなるアルゼンチン版「バカヤロー」と言ってしまえば身もフタもないか。

「トーク・トゥ・ハー」で私を魅了したダリオ・グランディネッティの出ている第一話「おかえし」には死ぬ程笑ったが、演出力と演技力の達人度数マックスは、レオ様とワルテル・ドナード出演の第三話「パンク」だった。そこを過ぎると、アルゼンチン・オールスターのこの映画の魅力はどんどん失せてしまうぐらい、レオナルド・エズバラーリャの体と心の芝居は見事だった。

「キリングファミリー」も、まったりした犯罪映画の小品だが、レオが素晴らしい。「トンネル」では仇役のパブロ・エッチャリの凄みに怯えた分、「キリング」では破廉恥卑劣な小悪党を完璧に演じ切って共演者を脅しまくる。声音も変えて、ボディランゲージも変えて。

射たれた、というアクション動作ひとつでも、私は感嘆の声をあげて見守った。

そしてまたひとつ、私の夢が生まれる。

レオ様とアダム・ドライヴァーを主演に映画を撮ろう。


2018/03/16 (金)

LEONARDO SBARAGLIA WEEK


過日、WOWOWの深夜プログラムで韓国映画の「トンネル/闇に鎖された男」を見た。崩落事故のトンネルに閉じ込められた男(ハ・ジョンウ)と妻(ペ・ドゥナ)と救助責任者(オ・ダルス)の、三者の葛藤を社会風刺に絡めて作った作品だ。

ビリー・ワイルダーの名作「地獄の英雄」をちょっとだけ連想させる。社会風刺面はやや稚拙だが、主役三人がうまいので最後まで見てしまった。

ハ・ジョンウは「チェイサー」と「哀しき獣」で大のお気に入りとなり、「お嬢さん」で愕然となったが、この作品で再び魅了された。

で、このトンネルを一つ抜けた先に、その夜のWOWOWはもうひとつのトンネルを用意していた。

アルゼンチン映画の「エンド・オブ・トンネル」だ。



殆ど、ついで感覚で見始めたら、やめられない。車椅子の主人公、突然押し掛けて来た間借り人の美女とワケアリの娘、トンネル堀ギャングの銀行強盗計画の三点セットを、監督のロドリゴ・グランデが見事な映像感覚で紡いでいく。

出色の犯罪映画なのだ。

クライマックスで、「え?なんで?」という展開もあるのだが、多少の欠点を振り切ってしまうほど、車椅子の主人公を演ずるレオナルドが素晴らしい。歴代車椅子男演技の最高峰といっていい。

で、彼の出演作をネットで漁った。ここで問題がひとつ発生。ラストネームの表記だ。初期の作品は、SBARAGLIAを文字通り、「スバラグリア」と表記している。アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた「人生スイッチ」のあたりから「スバラーリャ」になって、「スバラージャ」というのもある。名前のオリジンはイタリアで、あちらでは「ズバライヤ」と発音するのだそうだ。



好きな役者は正しい発音で表記するのが、私の、映画監督としてのマナーでもある。ネットで、アルゼンチン本国でのレオナルドのトーク・ショー出演場面を探ることにした。2時間ほどかけて出た結論。「バラーリャ」と発音するホストもいれば「バラグリア」と発音する人もいる。私の耳では「S」は殆ど聞き取れなかった。少なくとも「ス」ではないようだ。

ここで引き下がるわけにはいかない。続いて英語の記事を調べることにした。外国俳優名を発音記号で紹介することは多々ある。で、レオナルドのインタヴュー記事をせっせと読み込んだ。すると、出て来た。

「エズバラーリャ」である。アクセントは「ラ」。

役者の名前の発音は一般人と違うことが多々ある。配給業者はスペイン語のわかる人に聞いて「スバラーリャ」と表記したのだろう。私が読んだ記事は、取材者が本人に発音を聞いて発音記号を書いている。

ということで、現時点で、私は彼をレオナルド・エズバラーリャと呼ぶことにする。そして、きょうから未来永劫、私にとって「レオ様」といえば、ディカプリオではなくエズバラーリャであると心得てもらいたい。



レオ様への熱狂は、その後、「人生スイッチ」と「キリングファミリー」を見て確固たるものとなった。演技の達人である。

「人生スイッチ」はダミアン・ジフロン監督の話題作だから見た人も多いだろう。6話からなるアルゼンチン版「バカヤロー」と言ってしまえば身もフタもないか。

「トーク・トゥ・ハー」で私を魅了したダリオ・グランディネッティの出ている第一話「おかえし」には死ぬ程笑ったが、演出力と演技力の達人度数マックスは、レオ様とワルテル・ドナード出演の第三話「パンク」だった。そこを過ぎると、アルゼンチン・オールスターのこの映画の魅力はどんどん失せてしまうぐらい、レオナルド・エズバラーリャの体と心の芝居は見事だった。

「キリングファミリー」も、まったりした犯罪映画の小品だが、レオが素晴らしい。「トンネル」では仇役のパブロ・エッチャリの凄みに怯えた分、「キリング」では破廉恥卑劣な小悪党を完璧に演じ切って共演者を脅しまくる。声音も変えて、ボディランゲージも変えて。

射たれた、というアクション動作ひとつでも、私は感嘆の声をあげて見守った。

そしてまたひとつ、私の夢が生まれる。

レオ様とアダム・ドライヴァーを主演に映画を撮ろう。


2018/03/13 (火)

歴代アカデミー賞作品賞の、取るべき映画が取れなかった歴史。


1940年代以降の最優秀作品賞を、私の映画監督としての独断と偏見と良心に基づき、A(最優秀)、B(優秀)、C(残念)に分けたリストは以下のようになる。SはSHOULD HAVE WONの略、つまり「(候補の中で)取るべきだった作品」。「該当作なし」というのは受賞作がベストでもないし、候補作にもお気に入りがないケース。ORは受賞作と甲乙つけがたい作品がある場合。

なぜ1940年以降かというと、それ以前は、受賞作を見ていても候補作の多くを私が見ていないこと、及び、古典中の古典に優劣をつけることが無意味に思えるため。タイトルの副題はすべてカット。

2018「シェイプ・オブ・ウォーター」CS「ペンタゴン・ペーパーズ」A
2017「ムーンライト」CS「ラ・ラ・ランド」A
2016「スポットライト」BS「ルーム」A
2015「バードマン」AS 受賞作
2014「それでも夜は明ける」AOR「ゼロ・グラビティ」A
2013「アルゴ」BS「リンカーン」A、S「ライフ・オブ・パイ」A
2012「アーティスト」C該当作なし
2011「英国王のスピーチ」BS「ソーシャル・ネットワーク」A
2010「ハート・ロッカー」B該当作なし

2018「シェイプ・オブ・ウォーター」C S「ペンタゴン・ペーパーズ」A

アルファベットががおちゃごちゃになったので書き換えしてみた。

2018 C「シェイプ・オブ・ウォーター」
S「ペンタゴン・ペーパーズ」A
2017 C「ムーンライト」
S「ラ・ラ・ランド」A
2016 B「スポットライト」
S「ルーム」A
2015 A「バードマン」
S 受賞作
2014 A「それでも夜は明ける」
OR「ゼロ・グラビティ」A
2013 B「アルゴ」
S「リンカーン」A
S「ライフ・オブ・パイ」A
2012 C「アーティスト」
該当作なし
2011 B「英国王のスピーチ」
S「ソーシャル・ネットワーク」A
2010 B「ハート・ロッカー」該当作なし

2009 B「スラムドッグ・ミリオネア」
S「フロスト×ニクソン」A
S「ミルク」A
2008 A「ノー・カントリー」S 受賞作
2007 C「ディパーテッド」
S「クィーン」A
2006 B「クラッシュ」
S「グッドナイト&グッドラック」A
S「ミュンヘン」A
2005 A「ミリオン・ダラー・ベイビー」
OR「アビエイター」A
2004 B「ロード・オブ・ザ・リング3」
S「マスター&コマンダー」A
2003 A「シカゴ」S 受賞作
2002 C「ビューティフル・マインド」
S「ゴスフォード・パーク」A
2001 C「グラディエイター」
S「トラフィック」A
2000 B「アメリカン・ビューティー」
S「インサイダー」A
1999 B「恋に落ちたシェークスピア」
S「プライベート・ライアン」A
1998 C「タイタニック」
S「LAコンフィデンシャル」A
1997 A「イングリッシュ・ペイシェント」
OR 「シャイン」A
1996 C「ブレイブハート」
S「いつか晴れた日に」A
1995 B「フォレスト・ガンプ」
S「クイズ・ショウ」A
S「ショーシャンクの空に」A
1994 A「シンドラーのリスト」S 受賞作
1993 A「許されざる者」S 受賞作
1992 A「羊たちの沈黙」S 受賞作
1991 A「ダンス・ウィズ・ウルブス」
OR「グッド・フェローズ」A
1990 B「ドライビング・ミス・デイジー」
S「いまを生きる」A
S「フィールド・オブ・ドリームス」A
1989 A「レインマン」S 受賞作
1988 B「ラスト・エンペラー」該当作なし
1987 A「プラトーン」
S「ハンナとその姉妹」A
1986 A「愛と哀しみの果て」S 受賞作
1985 A「アマデウス」
S「キリングフィールド」A
1984 B「愛と追憶の日々」
S「ライト・スタッフ」A
1983 C「ガンジー」
S「評決」A
S「ミッシング」A
1982 B「炎のランナー」
S「レッズ」A
1981 B「普通の人々」
S「レイジング・ブル」A
1980 A「クレイマー、クレイマー」S 受賞作


なかなかうまく行かないな。疲れたから後はまたいつか頭の冴えた日に。



以下スタイルを変えて。
1979「ディア・ハンター」A。Sも同じ。
1978「アニー・ホール」B。Sは「スター・ウォーズ」A。
1977「ロッキー」A。OR「タクシー・ドライバー」A。
1976「カッコーの巣の上で」A。OR「バリー・リンドン」A。
1975「ゴッドファーザーPART2」A。Sも同じ。
1974「スティング」B。Sは「エクソシスト」A。
1973「ゴッドファーザー」A。Sも同じ。
1972「フレンチ・コネクション」A。OR「ラスト・ショー」A
1971「パットン大戦車軍団」BだがSに該当作なし。
1970「真夜中のカウボーイ」A。OR「Z」A。
1969「オリバー!」BだがSに該当作なし。
1968「夜の大捜査線」B。Sは「卒業」Aもあれば「俺たちに明日はない」Aもある。
1967「わが命つきるとも」A。Sも同じ。
1966「サウンド・オブ・ミュージック」A。Sも同じ。
1965「マイ・フェア・レディ」BだがSに該当作なし。
1964「トム・ジョーンズの華麗な冒険」BだがSに該当作なし。
1963「アラビアのロレンス」A。Sも同じ。
1962「ウェストサイド物語」B。Sは「ハスラー」A。
1961「アパートの鍵貸します」BだがSに該当作なし。
1960「ベン・ハー」BだがSに該当作なし。
1959「恋の手ほどき」C。Sは「手錠のままの脱獄」B。
1958「戦場にかける橋」A。Sも同じ。
1957「八十日間世界一周」CだがSに該当作なし。
1956「マーティ」CだがSに該当作なし。
1955「波止場」A。Sも同じ。
1954「地上より永遠に」B。Sは「ローマの休日」B。
1953「地上最大のショウ」C。Sは「真昼の決闘」A。
1952「巴里のアメリカ人」A。Sも同じ。
1951「イヴの総て」A。OR「サンセット大通り」A。
1950「オール・ザ・キングスメン」CだがSに該当作なし。
1949「ハムレット」C。Sは「黄金」A。
1948「紳士協定」BだがSに該当作なし。
1947「我等の生涯の最良の年」C。Sは「素晴らしき哉、人生!」A。
1946「失われた週末」C。Sは「白い恐怖」B。
1945「我が道を往く」B。Sは「深夜の告白」B。
1944「カサブランカ」A。Sも同じ。
1943「ミニヴァー夫人」(未見)。
1942「わが谷は緑なりき」A。OR「市民ケーン」A。
1941「レベッカ」B。Sは「怒りの葡萄」A。
1940「風と共に去りぬ」A。Sも同じ。


 a-Nikki 1.02